第3話 都市伝説のメリーさん、いい香りを持ってくる。

「あたしメリーさん。今あなたのうしゴボゴボゴボ」


「さすがにそろそろ備えない?」


 またまた入浴中にメリーさんの電話がかかってきて、またまたメリーさんは湯船に沈んだ。


「足がつかなくて顔が出ないのに備えて、今日は足場を自分で持ってきたの」


「そっち方向に備えたかぁ〜」


 メリーさんは足場に登って顔を出して、こちらをじっと見た。

 人形らしい無表情だからよく分からないけど、これ本人的にはドヤ顔のつもりな気がする。


「あたしのあふれんばかりの知性をほめたたえるがいいの」


「メリーさんはスゴイデスネー」


 ほめるとふんぞり返った。これ表情がちゃんと動いたら光り輝かんばかりのドヤ顔なんだろうな。

 それにしてもしっかりした足場持ってきたな。ちゃんとした温泉とかで見る木製の風呂イスだ。

 ……木製だから軽くて浮き上がりそうで、メリーさん両足で踏ん張ってサーフィンみたいにバランス取ってる。


「この知性をもっとあがめて、あがめ、あが」くるん、ぽちゃん「ゴボゴボゴボ」


「人形の体積じゃイスの浮力に対抗しきれなかったかー」


 ひっくり返って浮き上がった木のイスは洗い場に置いて、いつものプラスチックのイスを沈めてあげた。

 メリーさんは人形らしい無表情でイスの上に立った。


「あたしがこっちのイスを使わせてもらう代わりに、あなたにはそっちのいいイスを使ってもらおうっていう計画なの。あたしの知性はこの結果を予期していたの。予定通りなの」


「メリーさんはスゴイデスネー」


 僕がぱちぱちと拍手してあげると、メリーさんは後光の出そうなほどのドヤ顔をした。無表情だけど。


「その木のイスは、通販サイトでも高評価だったの。ヒノキの香りがするの」


「メリーさん、通販サイトとか見るんだ」


「キャンペーンでポイントももらえたから、お得に買えたの」


「ポイントとか貯めるんだ」


「またいい感じのお風呂グッズとか見つけたら、買ってあげるの」


「僕的にはまずメリーさんの服を買ってほしいかなー?」


「あたしの着せ替えを期待するなんて、意外といい趣味してるの」


「単純に汚れた服は遠慮したいってだけだからね? メリーさん毎回服のまま入るしいつもおんなじ服だし、きれいな服に着替えてほしいなって」


 そう言うと、メリーさんはうつむいて、黙り込んでしまった。


 あ……しまったな。何か思い入れがあったかもしれない。

 都市伝説のメリーさんは、持ち主に捨てられた人形だったはずだから。前の持ち主との思い出があるとか。

 あるいは呪いの人形になる前の、普通の愛玩用の人形として、お店に並べてもらったときの一番かわいく見える服装だったとか。

 そういう思い入れがあるんだったら、軽はずみに服を着替えろなんて言うのはまずかったか……


「あたし、あんまりかわいくないから、きれいな服とか買っても、似合わないの」


「あっそっち方面は自信ない方向性なんだ?」


 メリーさんは縮こまって、口を水面につけてぶくぶくとしている。

 表情は動かないのに息は吐けるの、どういう基準なんだろう?

 と、いうか。


「メリーさん、普通にかわいいと思うけど?」


 ぴたりと、メリーさんのぶくぶくが止まった。

 表情は何も変わらない。当然といえば当然。

 けれど体がなんだか、小刻みにふるえているような?


「そういうの、しれっと言うの、反則なの」


「シャンプーがッ!? 目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 残ったのは、ヒノキの香りの風呂イスだけ。


「……体洗うかぁ」




 ヒノキのイスに座り、ブルーラグーンのボディソープで洗う。

 いい香りがする。リラックス効果のあふれる、なんとなく高級感がただよう香り。


 心地いい。自分一人では、得られなかった香りだ。

 一人暮らしの普通の生活では、メリーさんと出会わなかった生活では、きっとこんなお風呂環境にはたどり着かなかった。


 その心地よさへの感謝の気持ちが、ほとんど意識せず、言葉の吟味もせず、口からこぼれ出た。


「メリーさんの香り、とってもいい香りだよ」





「言い方がなんかヒワイなの」


「いるし!! また目にシャンプーがーッ!?」

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