第32話 都市伝説のメリーさん、服装の話をする。

「ごきげんようヌクト様。妖怪のあかなめでございまゴボゴボ」


「こんこんこんばんコックリさーん! コックリさん系配信者のゴボゴボ」


「あたしメリーさん。今邪魔な二人をまとめて沈めてゴボゴボ」


「人が多すぎるんだよゴボゴボ」


 メリーさんからの電話に出ると、あかなめさんにコックリさんさんにメリーさんにとみんなして湯船に入ってきて、ぎゅうぎゅうなうえにきちんとスペース確保しながら入らないからもみくちゃになって、みんなして風呂に沈んだ。




「それにしても、なんでみんなして服を着たままお風呂に入るの?」


 みんなで位置をうまく調整して、なんとかみんなで湯船に収まったところで、僕はあかなめさんに尋ねた。

 あかなめさんはアルカイックな微笑を浮かべて、疑問を表すみたいに首を軽くかしげた。


 今ここにいるの、あかなめさんもメリーさんもコックリさんも、みんな服着てるんだよね。

 あかなめさん、見た感じ仕立てのいい執事服を着てるけど、ぐしょ濡れになっちゃって気にしないのかな。


 あかなめさんは整った微笑のまま、口を開いた。


「ヌクト様は、わたくしめの裸体を見たいのでございましょうか」


「そうじゃなくてね? メリーさんその嫉妬にあふれた無表情をやめて? 僕別にあかなめさんのことそういう目で見てるとかこれっぽっちもないからね?

 ただ単純に疑問なだけで、服のまま入るのが僕にはちょっと理解できないなーってだけで」


 あかなめさんはあごに指を添えて、ほんの少しだけ困ったように眉根の間を寄せてみせた。


「ふむ……どう説明すればご理解いただけるでしょうか……

 なにぶん人であるヌクト様と妖怪であるわたくしめでは感覚が違いますゆえ、言葉を尽くしても理解していただけるかどうか……」


 考え込む様子のあかなめさん。

 ああ、なんか、複雑そうな感じなんだ。

 気軽に聞いちゃったけどそうだよね、人間と妖怪じゃ感覚が違うこともあるだろうし、何気ないことでも実はすごく深刻な事情があるってことも……


「たとえばでございますがヌクト様は、高級レストランでお食事をされる際には相応の服を着用なさいますでしょう?」


「あっなんか話の流れが見えたからもういいです」


 僕の拒否を聞いているのかいないのか、あかなめさんは話を続けた。


「人にはドレスコードというものが存在します。素晴らしいご馳走が振る舞われる場では、相応の身だしなみを整えるものでございます。

 それはマナーであると同時に、そこでいただく食事やその料理人、給仕の人間などその場にいる人々への感謝の気持ちが現れるものなのでございましょう」


 そしてあかなめさんは、くわっと目を見開いた。


「つまり風呂場のあかを至上の食事としていただくわたくしめにとって、風呂場で正装をするのは至極当然のこと!

 風呂場で服を脱ぐという行為は、高級レストランで服を脱ぐような無礼な行為に感じるのでございます!」


「あっはい」


「強く言い切ってるけど、そもそも執事服はもてなす側の服なの。客の側が着る服じゃないの」


 あかなめさんはふむと言って、薄いくちびるを白手袋のはまった指でなでた。


「わたくしめが執事服を好んで着るのは、人間に敬意を表するのと、自身の無害さをアピールするためでございますね。

 元来あかなめは気持ち悪がられる妖怪、少しでも不快な思いをさせないために、このような正装かつ人間を目上と示す服装を選択しているのでございます」


「不快な思いをさせたくないと言うなら、まず行動の気持ち悪さを改善してほしいなー」


 あかなめさんは薄くにんまりと笑って、湯船のヘリにもたれかかりながら僕たちをながめた。


「今の時代はいいです。様々な創作が生み出され、既存のイメージにとらわれない姿の怪異が存在できる余地がございます。

 メリー嬢もコックリ嬢も、学生服が似合っておいでですね」


「あかにゃん分かるじゃんねー!? そうそうあーしもこれ超気に入ってるじゃんねー!」


「別に、あかなめに服装をほめられたところで、うれしくもなんともないの。

 ずっとブレザー着てるのも飽きるし、そろそろ別の服を着てみたいって思ってるの」


「あ、そうなの? じゃあまた何か服探しておこうか」


「えーっメリメリ学生服やめちゃうじゃんね!? せっかくおそろだったのに悲しいじゃんねー!?」


「やめるのコックリ、ただの軽口で別に本気で飽きたわけじゃ、ちょっとやめるのゴボゴボ」


 コックリさんがぎゃんぎゃん泣いてメリーさんをかかえてぶんぶん振って、メリーさんはぐらんぐらん揺れて顔がばちゃばちゃ水面に沈んだり出たりした。

 絵面はともかく、服の話できゃいきゃいしてるのは見ててほっこりするね。


 そうやって温かい目で見てたら、あかなめさんが僕に話を振った。


「ヌクト様も、健康的で見目のよい裸体でございますよ」


「そこのフォロー絶対いらないよね?」


 僕だけ裸で服装の話題に入れない人みたいになってるじゃん。

 待ってあかなめさん、寄ってこないで? せまくて逃げ場のないこの状況で胸板に指をはわせてこないで? わざわざ白手袋をはずして舌なめずりしながら素手で触ってこないで?


「本当に、うっとりするような芳醇な肉体で……とても食べ応えがありそうでございますね……」


「あかの話だよね!? 『食べ応え』って単語になんの他意もないよね!?」


「……ヌクト」


「メリーさんはメリーさんでなんで僕の方に嫉妬の目を向けるのかなぁ!?」


 メリーさんはコックリさんにゆすられながら、無表情の黒い目線だけまっすぐ僕に向けてきた。


「口ではイヤがってても体は逃げようとしないの。ヌクトは受け入れてるのやっぱりヌクトは見た目がいい方がいいだけの女泣かせのサルヤローなの」


「湯船がせまくて逃げ場がないだけなんだけどなぁ〜これ僕どう考えても被害者じゃない目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。コックリさんとあかなめさんも。


「……やっぱ水着着るようにしようかなあ。というか上半身も隠せるやつ……あれなんて名前だっけ……」


 スマホで検索。ラッシュガードかぁ。

 そのままついでに通販サイト見てみよう。






「ヌクトがどんな格好するかはヌクトの自由なの。でもヌクトは裸でいるのがアイデンティティだと思うの」


「絶対違うと思うよ?」


 お風呂から出たら僕もちゃんと服着るからね?

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