第31話 都市伝説のメリーさん、引き寄せる。

「こんこんこんばんコックリさーん! コックリさん系配信者の重縁指じゅうえんざしコックリじゃんねー!」


「ごきげんようヌクト様。妖怪のあかなめでございます」


「あたしメリーさん。こちらはお通しのシャンプーなの」


「目にシャンプーでございますねぇ!?」


「お通しってことは、お金取られるのかなー」


 メリーさんからの電話に出たとたん、みんながどわちゃと現れて、あかなめさんがメリーさんのシャンプー攻撃をくらって、悶絶した。

 洗い場に倒れるあかなめさんを見て、コックリさんが「自分は許された」みたいな顔して……あ、コックリさんもシャンプーくらった。




「みんな当たり前みたいにお風呂入りに来るの。公衆浴場と勘違いしてるの」


「あーし公衆浴場なら、もっと広い湯船がいいじゃんねー」


 三名と人形一体、ぎゅうぎゅうと湯船に浸かる。

 メリーさんがまた沈まないように、僕のひざの上に乗せてあげる。ちょっぴり無表情が赤い気がするけど、素直に乗ってくれるね。


「まあでも、みんなメリーさんのいるときにしか来ないからね。そんな好き勝手に入りに来てないよ。

 なんだかんだ、メリーさんが好かれてるから集まってるんじゃない?」


「ヌクト様、それはまた事情が違うのでございます」


 あかなめさんが、湿った髪の毛をなでつけながら声をかけてきた。


「わたくしめもコックリ嬢も弱い怪異、自由にどこでも出入りできるわけではないのです。

 コックリ嬢はお二人の通信回線なしでは来られないですし、わたくしめもメリー嬢が来てこの場に妖気が満ちていないと、訪れることができないのでございます」


「え、妖気なんて満ちてたの」


 メリーさんに目を落とす。

 メリーさんは心外だというように、無表情をぶんぶん振った。

 あかなめさんは説明を続ける。


「そもそも古来より、水場というのは邪気が溜まりやすい場とされています。

 風水でもそうでございますし、風呂やトイレにまつわる都市伝説も枚挙にいとまがございません。

 そんな場に、メリー嬢が通信回線という遠く離れた存在や情報をつなげるという性質のものを使って出入りしていれば、この風呂場が逢魔時おうまがときのごとく魑魅魍魎ちみもうりょうを招き寄せる異界と化しても不思議ではないのでございましょう」


「え、今ここそんなんなってるの」


 メリーさんに目を落とす。

 メリーさんは無表情をちょっとあせらせて、首を思いっきりぶんぶん振った。

 あかなめさんはさらに説明を続けた。


「今はわたくしめたちのように善良な怪異だけが集まってございますが、もしも掃除をサボり続けて不浄な気を溜め込めば、いつ悪意のある危険な怪異が訪れるとも限らないのでございます」


「わりかしアウェーな扱い受けといて自分を善良と言い張る勇気」


 あかなめさんは整った顔を僕の顔に近づけて、濡れぼそった薄いくちびるを開いて、ささやいた。


「ですからヌクト様、わたくしめに貴殿の風呂場のあかをなめさせてくださいませんか」


「あっ流れるように自分の欲望につなげてった」


「パズルゲームの連鎖みたいにつながったの」


 メリーさんがローファーで蹴り蹴りして追い払った。

 あかなめさんは軽薄な笑顔を浮かべて、のたまった。


「冗談半分は置いておいて、メリー嬢のおかげでわたくしめはこうして楽しいお風呂ライフを過ごせているのでございます。

 こう見えて感謝しているのでございますよ、メリー嬢」


「半分は本気だったの? どの部分が本気?」


「あかなめに感謝されても気色悪いだけなの。帰れ帰れなの」


「あーしもメリメリのおかげで楽しいじゃんね! ありがとじゃんね!」


「別に、あたしはなんにもしてないの。勝手に乗っかってこられてるだけなの」


「でもなんだかんだその状況を受け入れてるあたり、メリーさん優しいよね」


「うるさいの黙るの」


「メリー嬢の慈悲深さには頭が下がる思いでございます」


「そう言うなら頭を下げろなの。一ミリも下がってないの」


「メリメリ女神じゃんね! ゴッデスじゃんね!」


「黙るの。そんなにほめられてもあたしはなんにも響かないの」


「メリメリ天使! メリメリ聖女! メリメリエンジェル! メリメリかわいい! メリメリキュート!」


「ちょ、黙るの……そんなにほめるのは、やめるの……」


 あ、ほめ殺しタイムに入った。

 メリーさん、ひざの上で無表情が赤くなって、発熱してきた。

 そうなると、この後の流れは。


「メリメリラブリー! メリメリプリティー! メリメリマイティー!」


「メリー嬢は優美。メリー嬢は清楚。メリー嬢は端麗。メリー嬢は絢爛けんらん


「黙るの黙るの黙るの、そんなにあたしをほめるんじゃないのその口を閉じてろなのー!」


「「「目にシャンプー」「がーッ!?」「じゃんねー!?」「でございますねぇ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。コックリさんとあかなめさんも。

 これ僕もシャンプーくらったの巻き添えだよね? もう慣れたからいいけどさ。


「……てか、妖気が満ちて魑魅魍魎が引き寄せられるって、ホントの話なのかなあ」


 念のため、風呂掃除はしっかりするように心がけよう。






「ヌクト、あたしのせいで怪異が引き寄せられてるとしても、あたしのこと捨てないでほしいの」


「全然そんな心配しなくていいから排水口の掃除のときにやってこないで!?」

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