第30話 都市伝説のメリーさん、お料理をする。
「あたしメリーさん。こっちは立派な大根ゴボゴボゴボ」
「かかえた大根の重みで沈んでる」
メリーさんからの電話に出ると、メリーさんはとても立派でおいしそうな大根をまるごと一本かかえて現れた。
そして大根の重みで、風呂に沈んだ。
「こないだはあたしがお金をかせぐ力がなくて自力で生活できないみたいに言われたの。不本意なの。
だから今から生活力があるところを見せるの」
「それでどうして大根?」
「料理をするの」
「料理」
メリーさんは湯船の中で風呂イスに立って、三角巾(ボロい)を頭に巻いてふんすと無表情に気合いを入れた。
大根だけでなく、まな板とか包丁とかも持ってきて、湯船のヘリの上で壁に立てかけてある。すべって落ちてきそうで怖い。
「まずは大根を切るの。まな板を用意するの」ぷかー
「湯船に浮かべるんだ」
「その上に大根を置くの」ドポン
「大根の重みでまな板が沈んでった」
「大根を輪切りにするのゴボゴボゴボ」
「沈んだ大根を追いかけて自分が沈んでった」
「味つけをするの。今は顆粒だしとかあるから便利なの。ざらざらざら」
「待って湯船に顆粒だしを入れないで? 昆布とかつおのうまみ成分を溶け出させないで?」
「加熱して大根をやわらかく煮るの」\ピッ オイダキヲシマス/
「お風呂の追い焚き機能を使って加熱しないで? それ間違いなく大根に火が通るほどの温度にならないよ?
そしてものすごくイヤな予感がするんだけど、メリーさん今これなんの料理を作ろうとしてる?」
「ふろふき大根なの」
「ふろふき大根の『ふろ』ってこういう意味じゃないと思うんだよなぁ僕は〜」
「味が染みたか、味見をするの」ゴリゴリボリボリゴリゴリ
「くるみ割り人形かな?」
「味噌だれがあった方がおいしいと思うの。味噌だれを作るの」
「たれがどうとかいうレベルのはるか以前の問題だと思うんだよね」
「味噌とみりんなどの調味料を合わせるの」ドボドボドボ
「なんで湯船に入れるの? メリーさん、たれの概念理解してる?」
「スマホでレシピ確認しながら頑張るの……底にこげつかないように、へらでかき混ぜながら加熱するの……ゴボゴボゴボ」
「湯船で何がどうこげつくのか分かんないしメリーさんの背で底をかき混ぜようとしたら当然沈むよね」
「というわけで、完成したの。風呂いっぱいの大根の味噌汁が」
「ふろふき大根どっかいったし味噌汁にもなってないと思うんだよね僕はさぁ〜」
茶色くなった湯船の中で、メリーさんは風呂イスの上に立って、無表情をしょんぼりとさせた。
「ヌクトに食べさせられるようなものは完成しなかったの……」
「これを食べろと言わない程度の良識があることにほっとすればいいのか、その良識があるうえでこの現状になってることにツッコめばいいのか」
「食材がもったいないの。責任を持って、あたしが食べておくの」ゴリゴリボリボリゴリゴリ
「くるみ割り人形第二幕かな?」
沈んでいた大根をあらかた食べて、メリーさんは無表情のままげふーと息を吐いて、しれっと言った。
「そもそもあたし人形だから、お金がかせげなくても料理ができなくてもまったく問題なく生きていけるの」
「ここまでの行為と食材の意味は」
「あ、でも電話がかけれなくなったら、都市伝説のメリーさんやれなくなるの。それは死活問題なの」
「別に今さら都市伝説にこだわらなくてもよくない?」
「よくないの。アイデンティティのクライシスなの。
あと電話かけれなかったらヌクトのところに来られないの」
「あー、それはさみしくなるね」
「さみしっ……んんっ」
メリーさん、無表情のままもじもじとしてブレザーのすそを直したりしてる。
味噌汁に浸かった状態で直してもあんまり意味ないよ?
「べっ、別にあたしの方は、ヌクトに会えないとさみしいとか、そんなふうに思うことはこれっぽっちもないの。
でもヌクトがさみしがるなら、もっと頻繁に来てやってもいいの。
それで料理ももっと練習して、今度こそちゃんとおいしい味噌汁を食べさせてやるの」
「目標がふろふき大根じゃなくて味噌汁になった」
でもまあ、ちょっと楽しみではあるかな。
楽しみ……うーん、今この時点この状況だと、楽しみより怖い方が大きいけど。
まあ、これからどんどん軌道修正して、まともなお味噌汁が出てくるようになるよね。
もしかしたらものすごく上達して、一度食べたらやみつきになるくらいおいしいものを作れるようになるかもしれないし。
「メリーさんのお味噌汁、毎日食べられるくらいになるといいね」
そう言ったら、メリーさんはぴしりと固まって、無表情が気持ち赤くなった。
「あたし、の、味噌汁、を……毎日、食べたい、の?」
あ。
この文面、プロポーズの言葉として有名なやつだ。
「待って違うんだメリーさん、僕はただおいしいお味噌汁が作れたらいいねって話をしただけでプロポーズをするつもりなんてこれっぽっちもないんだ」
「そう言われるとそれはそれでムカつくしあたしは別にヌクトからのプロポーズなんてまったくもって意識してないの勘違いしないでほしいの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。
残ったのは、茶色く染まった味噌汁風呂だけ。
「……まだゆっくり浸かってないし、このまま浸かるかぁ〜」
味噌の成分とか、なんか肌によかったりとかしないかなあ。
「このあとわたくしめがおいしく召し上がりましてございます」
「あかなめさん、残飯処理係になってない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます