第68話 都市伝説のメリーさん、猫になる。
「あたしメリーさん。今湯船を避けて洗い場の方にもがもがもが」
「毛玉の中にいる」
メリーさんからの電話に出ると、メリーさんは湯船でなく洗い場に現れて、そこに置いてあった特大の毛糸玉とぴったり座標が重なって、毛玉の中に沈んだ。
「だいぶ前だけど、メリーさんここに毛玉にくるまって来たことあったよね。
あの毛糸がうちに残ってたから、巻き直して置いておいたんだよね」
「なんでそんなの用意したの」
現在、湯船。
毛玉をほどいて脱出したメリーさんが、ビジネススーツ姿で風呂イスに立って浸かっている。
その隣で、僕は毛玉の巻き直し。
「今日はね、また新しい服を買ってきたからさ。
それとイメージが合うからちょうどいいと思って、用意してみたよ」
「新しい服……に、合うイメージ、なの」
メリーさんはいつもの無表情で僕を見上げて、きょとんと首をかしげた。
それからその無表情を、ボボボッと赤くした。
「糸を組み合わせてイメージが合うってどんなハレンチな服装を用意したの!
ヒモなの、まるでヒモみたいな服なの、それとも糸で縛って映えるようないやーんな感じの服装なの?
どっちみち変態なのサルヤローなのヌクトはあたしにそういうの期待する重度のハレンチ人間なの」
「毛玉ひとつでずいぶん想像力がふくらむねー」
メリーさんもテケテケさんに負けず劣らず脳内下半身なんじゃ……なんて言ったらものすごく怒りそうだし、口にはしないでおこう。
洗い場に置いてあった紙袋を引っ張り上げて、メリーさんに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ヌクトがどんな奇抜な衣装を用意してきたのか、どんな露出度ドドーンとかボディラインババーンとかのえっちっちーな衣装なのか、ごくり……なの」
無機物みたいに硬直した動きで(実際無機物だけど)、メリーさんは受け取った。
そしてゆっくりと袋を開いて、中身を取り出して、見つめた。
「……ねこみみ、なの」
「耳だけじゃないけどねー」
メリーさんの手に僕の手を添えて、一緒に服を広げた。
猫耳のついたフード。その下に伸びてちゃぽりと着水した、ふわふわの生地。頭から足先までつながってぞろりと長い。白と黒と茶の模様。
それは三毛猫柄の、猫の着ぐるみパジャマだった。
「人面犬さんは犬の着ぐるみだけど、メリーさんは猫のイメージかなーって。
かわいらしくてペットっぽさもあるし、メリーさんに似合うと思うよ」
メリーさんはしばらく固まって、着ぐるみパジャマをながめた。
それから顔を上げて、無表情を僕に向けた。
「露出もボディラインも全然なの。これはこれで逆にいやらしいの」
「そんなん言われたらなんでもいやらしくならない?」
「まあ、せっかくくれたから着替えてやるの。ちょっと待ってるの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流すと、正面のメリーさんがいなくなっていた。
僕は顔を洗い場の方に向けた。
「……にゃあ、なの」
洗い場には、毛玉。
その毛玉にだらりともたれかかるように立って、片手を招き猫のようなにゃんこのポーズにして顔の横に置くメリーさん。
服装は着ぐるみパジャマ。猫の。今渡した。
猫耳のついたフードをかぶって、体はだぼっと布が垂れ下がってて、なんともゆるふわなシルエット。
表情はいつも通りの無表情で、それがまた猫っぽさがあって、位置関係的に上目遣いでこちらを見つめてきていて、まあつまり。
「すごくかわいい」
「照れるの」
ストレートなほめ言葉にメリーさんは無表情を赤らめて、照れ隠しみたいに毛玉をころころ転がした。
うん、かわいい。
「……それにしても、なの」
ひとしきり照れたメリーさんが、不意にすっと無表情な無表情になってこちらをにらんできた。
「ヌクト、なんでまたこんなの用意してるの」
「ん? なんのことかな?」
「とぼけるんじゃないの」
メリーさんは無表情を赤らめて、なんだか内股になってもじもじしている。
まあ、あれのことだね。
僕はあえて自信満々な雰囲気で、親指を立ててみせた。
「今あるパンツじゃその服とイメージが合わないからね。ちゃんとパンツも新しいの用意したよ。
猫ちゃんのバックプリントのパンツ、かわいいでしょ」
「ふざけんじゃないの最悪変態サルヤローなの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。
残るのはただ、転がされてちょっとほどけた毛玉と、脱ぎ捨てられたビジネススーツだけ。
スーツは洗濯しとこうか、なんて思ってると、スマホにメッセージが届いた。
『ヌクトに用意されるのは複雑な気持ちだけど、パンツも含めてかわいいから、気に入らないこともないの』
写真が添付されている。自撮り。
写っているメリーさんは正座から両足を外側に投げ出したような座り方、いわゆるぺたんこ座りをしている。
片手をにゃんこのポーズにして、首をちょっとかたむけて、無表情にはお絵描き機能でひげが描かれている。
服が着ぐるみとはいえパジャマなこともあいまって、だらんとした雰囲気が自宅の寝室でくつろいでるところを撮りましたーみたいな感じになってて、なんというか。
「これ、すごくいいなあ」
壁紙にしちゃおう。
元々の意図とはちょっと違うけど、これならずっと一緒だね。
「ずるいの変態なのあたしにも壁紙用のヌクトの写真をよこせなの」
「いやーん、入浴中の全裸写真撮られたー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます