第50話 都市伝説のメリーさん、踏み踏みする。

「あたしメリーさん。今ヌクトの肩に乗っゴボゴボゴボ」


「ごめんあお向けになってた」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんは僕の肩の上に着地しようとして、僕はちょうど後頭部を湯船に沈めてだらんとしていたところだったので、メリーさんは風呂に沈んだ。




「ヌクトが肩こってるって聞いたの」


「あー、こないだコックリさんが忘れた十円玉を肩に貼ったりしたもんね。

 うん、こう見えても社会人なわけで、いろいろ疲れることもあるんだよね」


「だから踏むの」


「円滑なコミュニケーションのためにはもう少し言葉の省略をひかえた方がいいと思うんだけど、つまりマッサージとして肩を踏んでくれるってことだね」


 湯船に浸かる僕。

 その肩に、メイド服姿のメリーさんがしゃなりと立って、スカートのすそを軽くつまんで足踏みを始めた。踏み踏み踏み。


「あー、これなかなかいいかも。今の靴、メイド服に合わせたまるっこい靴だよね。あのぽっくりした感じがちょうどいい感じに肩のツボに当たるよ」


「ん、それならよかったの。もっと踏むの」


「あー、そこそこ」


 なかなかに具合がいい。

 湯船のヘリから両腕を出して、だらんと寄りかかる。

 露出面積の増えた肩から背中にかけて、メリーさんが順々に踏み踏みしていく。

 あー、これいい。こりがほぐれてうっとりしちゃうー。


「ヌクト、顔がだらけきってるの。人に見せられない顔なの」


「まー、そうだろねー。見てるのメリーさんだけだからいいけどねー」


「んんっ……またそういう特別扱い……んんっ。

 気に入ったならもっともっと踏んであげるの。えいえいなの」


「あー効く効くー。気持ちいいー」


「ヌクトは小さい女の子に踏まれて喜んじゃうド変態なの」


「言い方ー。でも本当にいい感じだから、こうやって時々踏んでくれると確かに喜んじゃうなー」


「遠回しにおねだりしてるみたいなの。まあヌクトが気に入ったなら、これからも踏んでやらないこともないの」


「助かるー。あーいいー」


 ふみふみふみふみ。

 本当に気持ちいい。とろんと眠くなる。


「ヌクト、だらんだらんなの」


「最高ー。極楽ー。メリーさんありがとねー」


「存分に感謝するがいいの。感謝の気持ちを何かで返してくれればいいの」


「うんー返すー。ほしいものとかあったら言ってー」


「本当にだらんだらんなの。今ならなんでも言うことききそうなの」


「うんーきくー。なんでも言ってー」


「なんでも……なんでもっていうのはつまり、なんでもっていう理解でいいの」


「うんーなんでも言ってー」


「なんでも……じゃあつまり……えっと、これはたとえばの話なの、あたしがそれを本当に求めてるってわけじゃなくて、そういうことでも要求されたらやる覚悟があるのかってことで、その」


「あー踏み踏みのBPMが上がっていくーその小刻みな踏み方がツボに効くー」


「別に期待してるわけじゃないの、なんでもって言ったけどそこまで考えてなかったってことなら別に断ってもらってもあたしは全然気にしないの、ただなんでもって言ったからにはそれなりになんでもやってもらわないとちょっとがっかりはするの、でも本当に強要するわけじゃないの、つまりその」


「ああーあーそのつま先でぐりぐりするのツボにジャストフィットー気持ちよすぎて昇天しちゃうー」


「要するに、その……キスして、と……か……」


 唐突に、メリーさんの声と踏み踏みが途切れた。

 何かあったのかなと、完全に落っこちていたまぶたを上げた。

 正面の洗い場。コックリさんとあかなめさんとテケテケさんがいた。


「あ、お気になさらずーじゃんね。あーしらただ黙って見てるだけじゃんねー」


「わたくしめどもも、茶化してよいタイミングというものを理解しているつもりでございます」


「はぅあぅ、心臓がドキドキして鼻血がテケテケしちゃいそう……! でもわたし、黙って静かに見守るよぅ!」


 コックリさんは正座してわくわく顔、あかなめさんも正座してすました微笑、テケテケさんは正座する足がないから胴体で座って(座って?)両手で真っ赤な顔をおおいながら指の隙間からしっかりこっちを見ている。

 肩に乗ったメリーさんから、ぷるぷるとふるえる振動が伝わってくる。

 あー、このぷるぷるもいい感じにツボに当たる。

 でもこの流れ、顔は見えないけど間違いなく。


「全部忘れろなの」


「「「「目にシャンプー「がーッ!?」「じゃんねー!?」「でございますねぇ!?」「だよぅ〜!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。その他大勢も。


「……まあ、肩はすっきりしたし、今日はこれでいいか」


 軽くなった肩をぐるりと回してみて、それからゆったりと湯船に浸かった。

 ほぐれた体に、お湯のあたたかさが染み渡る。


「それにしても、気持ちよくて半分寝てたから聞き流してたけど、メリーさんなかなかに踏み込んだ発言してなかった?」


 寝ぼけて聞き間違えてるかもしれないけど。

 まあ、また同じようなこと言ってきたら、そのとき考えればいいか。






「全部忘れろって言ってるの」


「ごめんちゃんと忘れるから目にシャンプーがーッ!?」

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