第51話 都市伝説のメリーさん、アイデンティティについて考える。

「あたしメリーさん。今あなたのうし……何やってるの脳内下半身!」


「わっわっわたし、見られるの恥ずかしいからぁっ! こうやってぎゅってして目隠ししたらヌクトさんに見られずに済むかもって思ってぇ……!」


「ゴボゴボゴボ」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんが背後に現れつつテケテケさんも一緒に来て、僕はテケテケさんに抱きしめられて目隠しされて、バランスを取れずに倒れ込んで、風呂に沈んだ。




「ごめんねぇメリーちゃんヌクトさん。わたしテンパるとつい突拍子もないことしちゃってぇ……」


「このエロ怪異は油断もスキもないの。そんな堂々と抱きつくなんてあたしも……ゴホンゴホンなんでもないの」


 湯船。

 僕とメリーさんとテケテケさん、三人並んでお湯に浸かる。

 僕が真ん中。メリーさんが右。テケテケさんが左。

 テケテケさんは胸元を気にして手をやっている。


「はぅぅ、谷間に空気が入っちゃって、ブラウスが浮いてくるよぅ……空気抜かないと……」


「この脳内下半身はピンクアピールに余念がないの。一回ぶちのめすの」


「どうどうどうどうメリーさん。本人に悪気があるわけじゃないんだから」


「ひゃわぁん空気抜いてたらボタンがはずれちゃったぁ!? ひぇぇん恥ずかしいよぅ見られたくないよぅ〜!」


「それで見られないように僕に抱きつくのは絶対違くない!?」


「……ヌクト」


「僕が悪いの!? これ僕が悪いのかなメリーさん!?」


 しっちゃかめっちゃか。

 いろいろバタバタしたあと、テケテケさんはしょぼんと顔を下に向けて謝ってきた。


「大変ご迷惑をおかけしてごめんなさいぃ……わたしが浮き上がりやすいブラウスを着てきたばっかりに……」


「問題の争点はそこじゃないと思うよ?」


「次来るときは、もっと空気の通りがよくて浮き上がらないブラウスを着てきますので……!」


「絶対問題点そこじゃないよね? というかテケテケさんに限らずなんだけど、なんでそんな服着たままお風呂入るのにこだわるの?」


 問いかけると、テケテケさんは真っ赤に恥じ入った顔でくわっとまくしたててきた。


「だって、だって! わたし下半身丸出しなのに、これで服まで脱いだら露出がとんでもないことになるじゃないですかぁ!

 そんなの恥ずかしすぎて、絶対無理無理テケリリリですよぅ〜!」


「下半身丸出しってこんなに色気のないものだったっけ」


「色っていう意味ではものすごく赤々としてて鮮やかなの。あ、腸がちょっとこぼれてるの」


 メリーさんが指摘すると、テケテケさんは胴体の断面の色にも負けないくらい顔を真っ赤にした。


「いやあああ〜!! パパとママにも見られたことなかったのにぃ〜!!」


「自分の娘のはらわたを見たことのある親御さんはだいぶレアだと思うよ」


 テケテケさんはぐすんぐすんと泣いて、口を湯船の中に入れてぶくぶくと泡を吐いた。


「うぅぅ、恥ずかしいよぅ恥ずかしいよぅブクブクブク……恋人でもない男の人にはらわた見せちゃうふしだらな怪異で恥ずかしいよぅブクブクブク……」


「そんなに見られるのがイヤなら、ブラウスだけじゃなくてズボンとかはいたらいいのでは」


 僕がそう指摘すると、テケテケさんはくわっと目を見開いてきた。


「テケテケが下半身隠しちゃったら!! テケテケのアイデンティティが台無しじゃないですかぁ〜!!」


「そこはアイデンティティの方が優先なんだ」


「ヌクト、怪異にとってアイデンティティは死活問題なの。

 ヌクトだって全裸でいるのやめろって言われたら一日だってもたないと思うの」


「僕のアイデンティティは全裸じゃないよ?

 お風呂以外の日常生活は服着てるし、なんならこないだの旅行だってお風呂以外では服着てるの見てるよね?」


 そんな話をしたら、テケテケさんは真っ赤な顔で泡を吹くような勢いでまくしたててきた。


「それじゃあヌクトさんはアイデンティティでもなんでもないのに全裸になってるんですかぁ!? なんなんですかそれそんなに下半身を自慢したい変態さんなんですかぁ!?」


「ここ・イズ・風呂。テケテケさん、お分かりいただけただろうか」


「ヌクトが変態なのは間違ってないと思うの」


「そこまで言われるほどの変態行為を僕がいつしたっけなー」


 そこでテケテケさんがガバリとメリーさんに飛びついた。


「メリーちゃん変態だって思ってる男の人とずっと一緒にお風呂入ってるの!? そんなの同罪変態じゃん変態重ねのダブル変態の変変態態じゃん!

 変態重ねって何を重ねてるの下半身なのはぅあぅ妄想オーバーヒートで頭がテケテケするよぅ〜!!」


「黙るの変態」


「目にシャンプーだよぅ〜!?」


 シャンプー攻撃をくらったテケテケさんは悶絶して、ぷかーと湯船に浮いた。

 メリーさんは僕と顔を見合わせて、無表情のまま言った。


「あたしは変態じゃないし何も重ねたりしないの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。テケテケさんも。

 残るのはただ、全裸の僕だけ。いや全裸なのは何もおかしくないんだけど。


「……アイデンティティかぁ」


 のんびりとお湯に浸かりながら、考える。

 今の僕のアイデンティティって、なんだろう。


「やっぱり、これかなぁ」


 スマホを操作して、連絡先アプリを開く。

 メリーさんの連絡先。

 メリーさんが連絡先登録してくれた、初めての人間。それが僕の、アイデンティティだと思う。






「なんか恥ずかしいこと考えてそうだからとりあえず攻撃しとくの」


「こういうのできるのも連絡先登録した恩恵だよね目にシャンプーがーッ!?」

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