第52話 都市伝説のメリーさん、ガジガジする。
「あたしメリーさん。今テケテケの頭の上にゴボゴボゴボ」
「はぅぅ、先日は変態呼ばわりしてごめんなさいゴボゴボゴボ」
「ジャパニーズドゲザスタイル」
メリーさんからの電話に出ると、背後にメリーさんとテケテケさんが現れて、テケテケさんは開幕土下座して湯船に沈んでいって、その頭に乗っていたメリーさんも一緒に沈んだ。
「はぅあぅ、お風呂に入るときは服を脱ぐものだって、そういう人間時代の一般常識が抜け落ちてましたぁ……」
「テケテケさん、もともとは人間なんだっけ」
いつものお風呂。
ゆったり浸かる僕の隣で、テケテケさんも浸かりながら申し訳なさそうに縮こまってる。
メリーさんはその頭上に、文字通りかじりついてる。
「この脳内下半身は何やるか分かんないのガジガジまたヌクトに変なちょっかいかける前にこの下半身ヘッドをかじりとってやるのガジガジなの」
「お腹こわさないようにね?」
無表情頭かじり人形になっているメリーさんも意に介さず、テケテケさんは縮こまったまま話を続けた。
「生前のわたしは、どこにでもいる平凡な新人会社員でしてぇ……いわゆる
「ガジガジガジガジなの」
テケテケさんは、着ているブラウスを手でなでて、さみしそうな顔をした。
「わたし、社会人になってうきうきしてたんですよぅ……学生じゃなくて、仕事を任されて自分でお金をかせげるようになって、期待と夢いっぱいで……
でもそれで浮かれすぎてたみたいで、うっかり警報の鳴ってる踏切に入り込んじゃって、それで列車事故で……」
「ああ……」
そうか。都市伝説のテケテケさんはそんなお話だった。
列車事故で胴体を切断された女性が、冬の寒さで傷口が凍りついて止血されて、それで即死せずに長く苦しんだせいで怪異になっちゃったんだとか。
テケテケさんも苦しい思いをしたんだな。今こうやって元気に脳内下半身してるのも、それを思えばいいことなんだな……
「あのときは浮かれすぎてましたぁ……自分のかせいだお金で買った成人女性向けムフフな同人誌に夢中になりすぎて、脳内妄想がはかどりすぎて前が見えてなかったんですぅ……」
「生前から脳内下半身だった」
「ガジガジガジガジなの」
テケテケさんはよだれをたらしそうなだらけた顔をして、遠い目をした。
「本当に、あのときの本は素晴らしくてですねぇ……妄想がはかどって脳と鼻に血流が集まってたおかげで、胴体がちょん切れても出血が少なく済んで即死しなかったわけでしてぇ……あっ思い出したら今も鼻血が」
「何から何まで脳内下半身の産物だった」
「ガジガジガジガジなの」
テケテケさんはしばらくだらけた顔をさらしたあと、ふと顔をほんのり引きしめた。
「それなので、今着てるこのブラウスは、わたしが一人の人間の社会人だった、証みたいなものだなって、そんなふうに思ってるんです。
社会人になって、仕事に行くのに恥ずかしくない服装をそろえて、ちゃんとお仕事してたんだっていう……その、たいしたことじゃないんですけど、わたしそういうのしてたんだっていう、そういう証明なんだって、思ってまして」
「ああ……そうなんですね。そのブラウスは、テケテケさんにとって大事なアイデンティティなんですね」
「ガジガジガジガジなの」
テケテケさん、露出がどうとか脳内下半身な話ばかりかと思っていたけど、そんなしっかりした背景があったんだね。
なんて思っていると、テケテケさんは一転、だらけつつもキラキラした顔をして僕にぐいっと詰め寄ってきた。
「それでこのブラウスのデザインですけどねぇ! わたしの愛読書の『卓☆上☆白球』の登場キャラで
これが原作十四巻で卓球ダブルスペアでヤンキーツンツンキャラの
もうそのお話を読んでから完全にマク×ヒカ沼にどっぷりであっあっ想像したら今こうやってお風呂に浸かってブラウス濡れてる状況がまさにあのシーンの再現みたいでああもう脳内妄想テケテケでもうこれだけでご飯三杯いけそうだよぅ〜!」
「あっやっぱり頭からしっぽまで脳内下半身だった」
「ガジガジガジガジなの」
テケテケさんはその勢いのまま、がしっと僕の両肩に手を置いてきた。
「ヌクトさん! これコスしましょうよヌクトさんが日影役でわたしが間倉役でマク×ヒカなりきりやって脳内妄想具現化でわたしがブラウス脱いでヌクトさんにかけてそのブラウスの香りに劣情が刺激されて秘めた想いを暴発させて十八禁展開でああもう脳内妄想がテケテケするよぅ〜!」
「ハレンチ禁止なの」
「目にシャンプーだよぅ〜!?」
メリーさんが割り込んでシャンプー攻撃をして、テケテケさんは悶絶して湯船に浮かんだ。
メリーさんはそれから、僕に向き直って真っ黒い無表情を向けてきた。
「ヌクト。ぼーっと聞いててテケテケを止めようとしなかったの。
言ってる意味は全部は分かんなかったけど、テケテケはブラウスを脱ぐ的な発言をしたの。
それを止めなかったヌクトはテケテケが脱ぐのを期待したってことなのエッチでハレンチなサルヤローなの」
「いや圧倒されてて言葉をはさむ余裕がなかっただけで、別にテケテケさんが脱ぐのを期待したわけじゃないしコスとかなんとか言われても乗れるわけがないというか目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。テケテケさんも。
湯船の水面に、テケテケさんがこぼした鼻血がほんの少しだけただよって、すぐにお湯のゆらめきにかき混ぜられて、見えなくなっていった。
「……よく分かんないけど、今が楽しそうならいいかぁ〜」
怪異となってしまった後でも、楽しく過ごせることは幸運なことなんだろうなと思う。
ただの社会人から怪異になったテケテケさんも、ただの人形から怪異になったメリーさんも。
その楽しさの一助に、僕が少しでもなれているなら、いいなと思う。
「なんとなくクサいこと考えた気がするから攻撃しとくの」
「そんな殺生な目にシャンプーがーッ!?」
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