第38話 都市伝説のメリーさん、大浴場に入る。

「あたしメリーさん。今大浴場にゴボゴボゴボ」


「お風呂に入るときはかけ湯をしようねー」


 荷物を部屋に置いて、さっそく大浴場に来た僕たち。

 メリーさんは無表情のまま大興奮して風呂場に突撃して、湯船に沈んだ。




「お風呂が気持ちいいじゃんねー! 広いお風呂ってサイコーじゃんねー!」


「コックリさん、泳いじゃダメだよ」


 大浴場。

 大理石の浴槽は広くて、他のお客さんも見当たらないからのびのびとできる。

 僕も足を伸ばしてゆったりして、その足の上にメリーさんは着席。


「というか、男女で分かれたりしないの? ここ男湯だよ」


「怪異に男も女もないの。そんな細かいことを気にするなんてナンセンスなの」


「メリメリ、男女で分かれるとぬっくんと別々だからイヤなんじゃんねー」


「そんなんじゃないの黙るのコックリ」


「目にシャンプーじゃんねー!?」


 コックリさんはシャンプーを食らって悶絶して、洗い場で目を流しに行った。公衆浴場の湯船の中で泡を落とさないくらいの分別はあるみたい。


「ところであかなめさんは? さっきから声が聞こえないけれど」


「あっちでしなびてるの」


 メリーさんが指さす方を見ると、あかなめさんは浴槽のそばで、見目のいい顔立ちを穏やかに微笑させて、冷蔵庫の野菜室で放置しすぎたエノキみたいにしなびていた。


「あかがないのでございます……わたくしめは飢えて干からびてしまうのでございます」


「掃除が行き届いてるんだねー。というか新規オープンだからまだあかが溜まってないのか」


 あかなめさんはふらふらと浴槽のふちに寄りかかって、しなびた微笑を僕に寄せて、はあはあと息を荒くした。


「わたくしめはもう我慢なりませんのでございます。ヌクト様、わたくしめの命を救うと思って貴殿のあかを直接味わわせていただきたくハァハァハァハァ」


「別に死なないよね!? あかなめさん別にあかをなめなかったら死ぬって生態じゃないよね!?」


「あかの代わりにこれでも食らってろなの」


「目にシャンプーでございますねぇ!?」


 あかなめさんはシャンプーを食らって悶絶して、浴場の床に倒れ伏した。

 その状態のままあかなめさんは、べろべろとシャンプーをなめ取って、グロッキーなまま恍惚こうこつの笑顔を浮かべた。


「考えてみますれば、シャンプーなどの石けんカスも風呂あかの一種でございますね……

 人体から出たあかがなくとも、シャンプーをなめていればあか摂取欲を満たせそうでございますねうふふふふベベロベロベロ」


「今日のあかなめさんいつにも増して気持ち悪くない!? 大丈夫!?」


「元からこんなもんなの」


 とにもかくにも復活したあかなめさんも、浴槽の中に入ってきた。

 ゆったりと執事服に包まれた体を伸ばして、整った顔をゆるめる。


「やはり大浴場はよいものでございますね。開放感がございます」


「服着たままで入って開放感を味わえるのかなあ」


「ここにいるのは着衣が多数派なの。ヌクトが少数派なの」


「大浴場で脱いでる人が少数派なの、明らかにこの場が異常なんだよなぁ〜」


「四対一で着衣派の勝利じゃんね!」


「えっ四? メリーさんとコックリさんとあかなめさんと、もう一人着衣の人がいる?」


 コックリさんが指さして、そちらに目を向けた。

 広い浴槽の向こう側に、真っ黒なゴスロリ服に太陽みたいな金色の髪と瞳の人物がいた。さっき会った人(というか怪異?)。

 ふわりとした黒いスカートをお湯の中でゆらゆらとただよわせながら、その人はこちらに静かに目を向けてきた。


「ずいぶんと騒がしいかぁ。悪いことじゃないかぁ。公衆浴場だし温泉旅館だから、羽目を外したくなるのは分かるかぁ。

 みんな楽しい方がいいかぁ。おれは気にしないかぁ」


「なんか、すみません、騒がしくして」


 ぺこりと頭を下げる。

 なんだかこの人、とらえどころがない感じだな。


 ゴスロリ服の人はざばりと立ち上がって、水をたっぷり吸ったゴスロリ服を体に貼りつけて、浴槽から上がった。


「おれはもう上がって飲み物を飲みに行くかぁ。原液コーラにするか青く光る湧き水にするか……迷うかぁ」


 ぺたぺたと歩き去って、浴場から去っていった。

 その様子を、なんとなく最後まで目で追っていた。


「……ヌクト」


 ふと呼びかけられて、目線を下に落とした。

 僕のひざの上に立ったメリーさんが、無表情を気持ち黒く染めて見上げてきていた。


「やっぱり見た目がいい怪異に目を奪われてるの。ルッキズムの最低最悪のサルヤローなの」


「いや違うからね? 見た目がいいからじゃなくてなんか意識を持ってかれるってだけで、ホントにそういう対象とかそんなんじゃ全然ないからね?」


「どっちにしてもムカつくからお仕置きなの」


「理不尽すぎるよ目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 あれ、メリーさんどこ行った? 帰った?


「メリメリ露天風呂に行ったじゃんねー」


 声をかけられて目を向けると、コックリさんがうきうきと外に向けて指をさしていた。


「あーしらも行くじゃんね! あっちも気持ちよさそうじゃんねー!」


 ざばりと立ち上がって、セーラー服からぼったぼった水を落として、くるりと回って水を吸ったスカートをひるがえした。

 そうして歩き出して、隣にいたあかなめさんも微笑して立ち上がって、コックリさんについていった。


 メリーさんは帰ってない。

 みんなでの旅行は、まだ続いている。

 それがどうにも、うきうきする。







「ヌクト、コックリのスカートひらりのチラリズムに目を奪われたの。やっぱり変態サルヤローなの」


「いや違うよただ目線の高さ的にそこに目がいっちゃうだけで目にシャンプーがーッ!?」

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