なな風呂め
第70話 都市伝説のメリーさん、泡に沈む。
「あたしメリーさん。今あなたのうしゴボゴボゴボ」
「あらお人形さんじゃないの! 久しぶりだわ! ゆっくりあいさつしたいけどごめんね今は体を洗うのに忙しいのよゴボゴボゴボ」
「口裂け女さん、湯船の中で石けん使いすぎゴボゴボゴボ」
メリーさんからの電話に出ると、メリーさんが僕の背後に現れて風呂イスにきちんと着地して、けど湯船で口裂け女さんが石けんを使いまくってて泡がモコモコになっていて、僕たちは全員泡に沈んだ。
「……かくかくしかじかで、僕んちのお風呂に出没するようになって」
余分な泡を捨てて、三人で湯船に浸かる。
着ぐるみパジャマのメリーさんは、無表情をぷくーとふくらませた。
「そうやってヌクト、ゆきずりの女の人をお風呂に引っ張り込むの。サルヤローなの」
「勝手に来るようになったんだけどなあ」
不機嫌そうなメリーさんに対して、口裂け女さんは大きなマスクのままでも分かるくらいニコニコの上機嫌。
「あらお人形さん、アタシがここに来たことに不満かしら? 昔は都市伝説仲間としてお互い意識してきた仲じゃないのよ」
「意識はしてきたけど、仲良くなったつもりはないの。それに昔の知り合いだろうと初見だろうとあたしとヌクトの時間を邪魔する怪異はみんな邪魔者なの」
「あらあら、ずいぶんといい仲を見つけたのね。なんだか
「そ、そんなのじゃないの。バカなこと言わないでほしいのゴボゴボゴボ」
「口裂け女さん、話してるそばからどんどん石けんを泡立てないでほしいなー」
口裂け女さんは着ている白衣の上から石けんをごしごしこすって、湯船を泡だらけにしていく。
マスク越しに、口裂け女さんはふふふと笑った。
「あらあらごめんなさいね。アタシはご存じの通りきれい好きだから、石けんがあったら体を洗うのをやめられないのよ」
「口裂け女さんがきれい好きなのはまったくご存じの通りじゃないんですが」
僕が知ってるのはこう、美貌って意味のきれいさに執着してて、そのための整形手術が失敗して裂けた口になった、ってお話なんだけど。
という話をしたら、口裂け女さんはふふんとマスク越しに笑った。
「甘いわね。アタシこと口裂け女の都市伝説はインターネットすら広まってないような年代に全国的に広まって、模倣犯すら現れる事態になったのよ?
現代の創作物に同じ元ネタのいろんなキャラクターがいるみたいに、うわさが広まるごとにいろんな後付けがされて、どんどん違う姿の口裂け女ができていったの。
アタシもそのうちの派生のひとつだと思ってくれればいいわ」
「はあ。女性化した織田信長とか、そんなものだと思えばいいのかな」
「おおむね正しい理解だわ」
口裂け女さんはそして、遠い目をした。
「何しろあの当時はあんまりにも爆発的な広がり方をして、口裂け女を一人見たら三十人はいると思えと……」
「ゴキブリみたいな生態になっちゃったんだ」
ゴキブリ、という単語を口にした途端、口裂け女さんはぞわわとふるえ上がって、石けんを鬼のように泡立てた。
「やめてよアタシをあんな不潔な生物と同列に語るなんて! アタシはあんなのとは違うのよきれいなのよ清潔なのよ〜!」
「ゴボゴボゴボ」
「泡立てすぎてメリーさんが埋もれてる」
かくいう僕も、お風呂が一面泡立ちすぎて立ち上がらないと口に泡が入りそうだ。
そう思って立ち上がると、口裂け女さんは僕の股間をじーっと凝視してきた。
「お兄さん、ぱおん様の洗い方が雑みたいだわ」
「え」
何かちゃんとしたことを言う間もなく、口裂け女さんはむんずと僕のぱおん様を握りしめた。
「アタシがきちんと洗ってあげるわ! こんな不潔なぱおん様と一緒にお風呂に入ってるなんて耐えられないのよ思いっきり石けんつけてこすりまくって後光が差すほどピッカピカにしてあげるわ〜!」
「ちょちょちょちょちょ、口裂け女さん!?」
「ハレンチに天誅なの」
「目にシャンプーだわ〜!?」
泡をかきわけ生還したメリーさんのシャンプー攻撃を食らって、口裂け女さんは悶絶した。
メリーさんはこちらを向いて、じとりとした無表情でにらみつけてきた。
「ヌクト。行きずりの女性を連れ込んだあげく、ぱおん様を洗わせるなんてハレンチ極まりないの。とんでもないサルヤローなの」
「いや別に僕が頼んで洗ってもらったわけじゃ」
「問答無用なの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。口裂け女さんも。
残るのはただ、もっこもこに泡にまみれた湯船のみ。
「……ぱおん様、もうちょっと念入りに洗うかー」
きちんと洗ってるつもりだけど、あんなこと言われちゃね。
「ヌクト様、汚れが気になるのでございましたら、わたくしめがなめ取ってさしあげてございましょうか」
「絵面があらゆる意味でアウトだから遠慮しときますー」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます