都市伝説のメリーさん、風呂に沈む。

第42話 都市伝説のメリーさん、豪勢な夕食を食べる。

「あたしメリーさん。今ヌクトの隣でご飯をよそうのゴボゴボゴボ」

「ＭＫＧ（メリーさんかけごはん）」

　日は暮れて、夕食の時間。

　僕たちが泊まる和室に食事が運ばれてきて、メイド服に着替えたメリーさんはほかほかのご飯が入った米びつに突っ込んで、白米に沈んだ。

「お腹すいたじゃんねー！　楽しみじゃんねー肉肉肉肉じゃんねー！」

「わたくしめも主食のあかだけではなく、温泉旅館ならではのご馳走を堪能する所存でございます」

「あかなめはあかなめらしくあかだけ食べてろって思うの」

「そう言うメリーさんはおまんじゅうとかいろいろ食べてて全然人形らしくないけどね」

　そんな雑談をしている僕たちのテーブルに、ムラサキババアさんが料理を並べていく。

「お待たせしましたですじゃ。こちらオードブルのユッケ丼ですじゃ」

「前菜（オードブル）の重さじゃなくない？」

　ドンと置かれた丼には、こんもりと盛られた赤くつややかな細切り生肉。卵黄も中央でてらりと輝く。

　もちろん丼の名にたがわず肉の下には白米がしっかり。おひつのご飯の意味は？

「さっそく食べるの……うーまーいーのー！」

「メリーさんが発光した！？」

　軽くまぜた丼飯をひと口食べたメリーさんは、無表情のままの顔を白色電球のように発光させた。

「口の中でとろけるの！　肉の繊維がとろりととろけてむき出しのアミノ酸がタレの味とからんで濃密なうまみをかもし出すの、それをくるむ卵黄は味をまるく優しく包み込むと見せかけてそれ自体がうまみ成分の爆弾なの、熱くない肉なのにうまみの暴力が味覚細胞の上で発火するみたいなの！

　さらに香るごま油の風味は強いコクでありながらいっそさわやかさすら感じるほどに口の中の空間で芳醇に満ち満ちて唾液腺を刺激するの、ダメ押しに一緒にかき込む白米がうまみをまとって食感を楽しませ唾液ででんぷんが分解されて甘みとなってうまみと溶け合って極上のハーモニーをかなでるの！」

「メリーさんが無表情のままものすごい長文で語った！？

　ていうか人形のメリーさんに味覚細胞とか唾液腺とかあるの？」

「うまっ！　うんまいじゃんねこれ！　野生動物時代の粗雑な味じゃない洗練された生肉の味じゃんね！」

「ベロベロ数日掃除を放置してこびりついたあかの塊のごときうまみの爆心地でございますベベロベロベロ」

「続いてスープですじゃ。テールスープですじゃ」

「お肉ゴロゴロで見た目がスープというより角煮」

「ほろっほろにほぐれるの！　うまいのー！」

「シンプルな塩味だからこそ牛肉のうまみが投げ銭みたいにストレートに届くじゃんねー！」

「ベベロベロベロ残り湯のごときベベロベロベロ」

「ポワソンですじゃ。ホルモンですじゃ」

「魚料理（ポワソン）の意味知ってる？　語感だけで選んでない？」

「脂の甘みがうまいのー！」

「ただのうんちチューブだと思ってたものがこんなにおいしいなんて衝撃的じゃんねー！」

「ベベロベロベロベベロベロベロ」

「お口直しのシャトーブリアンですじゃ」

「お口直しで出していいものじゃなくない！？　語感！？　シャーベットと勘違いしたの！？」

「やわらかジューシーなのー！」

「この厚みなのに歯がスッと通るじゃんね！　飲み物みたいにスルッと入ってくじゃんね！」

「ベロベロベロリロベロンべベロンべ」

「メインディッシュのレバニラ炒めですじゃ」

「シャトーブリアン差し置いてレバーがメインディッシュなの肝臓を抜き取る怪異ムラサキババア流の価値観」

「ご飯が進むのー！」

「栄養価の塊がうまみの塊でもあるじゃんね！　天は人に二物を与えないけどレバーに二物を与えたじゃんね！」

「ベロンべベロロロベチョリロベリロリ」

「デザートはすき焼きですじゃ」

「ムラサキババアさんにとってデザートの定義って何？　砂糖使ってること？」

「甘いはうまいなのー！」

「まったり濃厚な味つけがやわらかな肉にしっとりとからんで肉のうまみを殺さないじゃんね！　卵とからんでさらにマイルドじゃんね！」

「べべベヌルンチョベロンボンボンベリルベローヌァ」

「以上ですじゃ。お楽しみいただけましたですじゃ？」

「コースはめちゃくちゃだったけどとんでもなくおいしかった……」

　完食。

　アホみたいなボリュームがあったのにおいしくて全部食べきっちゃった。

「というか肉の質がよすぎて、宿泊料金に見合ってない気がするんだけど……本当に正規のルートで仕入れた肉なんだよね？」

「……誓って正規の仕入れですじゃ」

「ちょっと間があったの何？　やっぱりキャトったの？　キャトルミューティレーションで取った肉なの？」

「そんなことより、お連れ様がネガティブですじゃ」

「え？　……あれ、メリーさんどうしたの？」

　言われて目を向けると、メリーさんは無表情をどんよりと暗くして、畳の上に突っ伏していた。

「自分が食べるのに夢中でヌクトにご飯を全然よそってないの……せっかくメイド服に着替えて気合い入れたのに無駄だったの」

「そこまで気合い入れてたんだ」

「卓球で勝ったヌクトへの景品なの」

「あー、メリーさんを独占するって言ってたの、律儀に守るつもりだったんだ」

「メリメリは卓球とか関係なくいつでもぬっくんのご飯をよそってあげればいいじゃんね！　毎朝朝ごはんを作ればいいじゃんね！」

「同棲してなし崩しにしていけばいいのでございますよ」

「その下世話な口を閉じてろなの」

「「「目にシャンプー「がーッ！？」「じゃんねー！？」「でごさいますねぇ！？」

　目の泡を（ポットのお湯で濡らしたタオルで）洗い流している間に、夕飯の後片づけが済まされていた。ムラサキババアさん、早技。

　そしてなんで僕までシャンプー食らったの？

「むっふっふー、夕飯の後はーじゃんねー」

　泡を拭いたコックリさんが、うきうきと狐耳をぴくぴくさせて宣言した。

「いよいよお待ちかね！　ティーパーティーじゃんねー！」

「ああ、そういえばそれやるためにここに来たんだったね」

　コックリさんはるんるんと準備する。

　あかなめさんもテキパキと動いてるし、メリーさんも無表情が気持ち浮かれている。

　こうやって楽しそうな顔を見れるだけでも、ここに来てよかったって思えるね。

　夜はまだ長い。眠くなるまで、思う存分楽しもう。

「待ってあれだけ肉料理たっぷり食べたからお腹いっぱいなんだけど……みんなもうおやつ食べれるの？」

「今さらなの。この小さな図体でこれまで大量のおまんじゅうとか食べてきたの」

「データ存在ボディーのあーしは食べ物だって圧縮保存じゃんね！」

「特に理由はないのでございますがわたくしめも怪奇現象の端くれでございますれば」

「人外存在は胃袋も人外かぁ〜」