第56話 都市伝説のメリーさん、ビジネススタイルになる。

「あたしメリーさん。今あなたの右側五メートルゔぉんゔぉんゔぉん」


「メリーさんウォッシュリターンズ」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんは湯船に浸かる僕の右側五メートル、風呂場の外の洗濯機の中に出現して、洗濯された。




「前が見えないのもがもが」


「僕のパンツかぶってるよ」


 洗濯機を緊急停止して引き上げて、現在お風呂場。

 メリーさんは洗い場で、びっしょびしょのメイド服から水をしたたらせて、顔面を僕のパンツでマスクして、両腕を前に伸ばして手首をだらんと下げて、ゾンビみたいな姿勢でうろうろしてる。

 あ、風呂桶踏んづけてすっ転んだ。かぼちゃパンツ大公開。


「メリーさん、ついでだからそのメイド服、そのまま洗濯したげようか?」


「今日は着替えを持ってきてないの。ヌクトはどさくさにまぎれてあたしを脱がそうとしてるの。サルヤローなの」


「今日はっていうか、着替えを持ってきた日ってなくない? 他の服ってどこにしまってるの?」


「コインロッカーに預けてるの」


「コインロッカー」


 どこのだろう。

 まあ、そこを深掘りすることもないか。

 メリーさんは起き上がって、頭にかぶったパンツをぺちっと床に投げ捨てて、スカートを直しつつ言った。


「けど、着替えたいのは確かなの。ぐしょぐしょに濡れてて動きづらいの」


「普段着衣でお風呂入ってるのは?」


 まあ、着替えたいならちょうどよかった。


「ちょうど今日は、メリーさんの新しい服を買ってきてるんだよ」


「ヌクトの選んだ服を着るの、ヌクトの好みに染められてるみたいでちょっとそわそわするの」


「今さらだなあ」


「でも、せっかくヌクトがヌクトが買ってくれたんだから、着てやらないこともないの。早く出すの」


「無表情だけど体がぴょこぴょこ動いててウキウキしてるのが伝わってくるんだよなあ。ほら、どうぞ」


 風呂場の外から紙袋を取って、渡してあげた。

 メリーさんは中身を取り出して、観察した。


「ビジネススーツ……なの」


 用意した服は、グレーのジャケットとタイトスカート、インナーのブラウスにハイヒールもつけて、大人っぽいよそおいのビジネススタイル。

 ついでに眼鏡もつけて、知的な印象マシマシのコーディネートだ。


「テケテケさんがOLだったっていうのが印象に残ってて、そういう大人っぽいスタイルもメリーさんに合うかなって思ってさ。

 こないだ眼鏡をかけてたのもいいなって思ったし、都市伝説界の知性派をうたうならこういう知的な服装があると喜ぶかなって」


 メリーさんはしばらくの間、スーツをじっと見つめた。

 それからこちらを見上げて、無表情だけど気持ちげんなりした声色で言ってきた。


「あのテケテケを参考にしたチョイスって、全然知的なイメージじゃないの」


「そこはまあ、テケテケさんも四六時中脳内下半身なわけじゃないし……うーん、ないと思うんだけど」


「まあ、いいの。ありがたく着させてもらうの。

 というわけで、さっそく着替えるの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流すと、まず見えたのは床に脱ぎ捨てられたメイド服。

 それから目を上げれば、前にメリーさんにもらったヒノキのイスの上に立ち、ポーズを決めるメリーさんがいた。


「……こんな感じになったの」


 ジャケットとタイトスカートを着こなし、ぴしりと背筋を伸ばして立つメリーさん。

 ハイヒールもあいまって、立ち姿がキリッとしてさまになっている。

 片手を添えた眼鏡が、キラリと光を反射して。


「うん。似合ってるし、かしこそう」


「ふ、ふふん、当然なの。かしこいあたしがかしこい服装をしたら、あふれんばかりの知性があふれてかしこそうに見えるのは当然のことなの」


 メリーさんは無表情のまま、ちょっと照れつつ鼻高々に胸をそらした。

 うん、かしこくなさそう。


「今ヌクト、失礼なこと考えた気がするの」


「ソンナコトナイヨー」


「ごまかしてるのが見え見えなの。おしおきなの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 残されたのはヒノキの風呂イスと、脱ぎ捨てられたメイド服だけ。

 それから、スマホに写真つきのメッセージ。


『この服も、気に入らないこともないの。ありがとうなの』


 写真はメリーさんの自撮り。足を組んで座ってポーズを取っている。

 いつも通りの無表情だけど、眼鏡とスーツのおかげでクールさが増して、いつものかわいらしい印象から変わってて。


「メリーさん、美人さんだなあ」


 ちょっと見とれて、つい口角が上がったりしてしまった。

 ひとしきり堪能してから、脱ぎ捨てられたメイド服を洗濯機に入れる。

 エプロン。ワンピース。ヘッドドレスに、かぼちゃパンツ。

 ぽっくり靴は、別に置いておいて後で手洗いしよう。

 洗濯機を再起動して、ゆっくりお風呂に浸かり直す。

 なんとなくひと仕事終えた気分になって、お湯の温かさが染み渡るー。


「……あれ、そういえば、脱いだ服にかぼちゃパンツがあるってことは」


 スマホをつけて、写真を見直す。

 タイトスカートで足を組むメリーさん。


「もしかしてこれ、ノーパンで撮ってる?」






「変なとこ注目するんじゃないの最悪なの変態なのサルヤローなの」


「ごめんて目にシャンプーがーッ!?」

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