第55話 都市伝説のメリーさん、あふれる知性を披露する。
「あたしメリーさん。今湯船のヘリに」ドボン「ゴボゴボゴボ」
「着地点を見誤ったみたいだね」
メリーさんからの電話に出ると、メリーさんは湯船のヘリに立とうとして一歩分ずれたところに出現して、真下に立つ場所がなくてそのまま落下して、風呂に沈んだ。
「こないだの一件で、都市伝説界の知性派というあたしの肩書きが揺るぎかねなくなったの。ここはひとつ、あたしのあふれんばかりの知性を示すの」
「まあ、気の済むようにやってもらえれば」
メリーさんは湯船の壁側のヘリに立って、無表情の鼻をふんすと鳴らした。
さっきの失態がなかったかのように堂々としてるけど、湯船に沈んだ動かぬ証拠みたいにメイド服から水がだばだば
そして顔には眼鏡。ゴミ捨て場からでも拾ってきたのかな。明らかに人間用で顔とサイズが合ってないし汚れてる。度は入ってるみたいだけど。
もしかして、度の合わない眼鏡をかけてたから、着地点を見誤ったのかな。
などと考えているうちに、メリーさんは知性の披露の準備をした。壁にお絵描きシートをぺたり。
そして手には、専用のペン。
「見るがいいの。これが都市伝説界の知性派たるあたしの知性なの」
メリーさんはペンを走らせて、お絵描きシートにでかでかと数式を書き殴った。
3×3=9。
「さざんがきゅうなの」
「メリーさんはかわいいなあ」
一点の曇りもない無表情ドヤ顔のメリーさんを、僕はよしよしとなでた。
メリーさんはぺちっと僕の手を払いのけて、髪の毛とずれた眼鏡をいそいそと直しつつ、無表情を気持ち赤らめた。
そこ照れる場面なんだろうか?
「もっと知性を見せつけるの」
「期待してるよ」
メリーさんはお絵描きシートの数式を消して、気合いいっぱいに何やら書き殴った。
凸。
「
「おー、それは知らなかった。メリーさんは博識だなあ」
ぱちぱちと拍手してあげると、メリーさんは天狗の鼻の幻覚が見えそうなくらい鼻高々な無表情で、眼鏡の位置をスチャリと直してドヤった。
せっかくなので、ひとつ質問してみた。
「じゃあメリーさん、
ぴしりと、メリーさんが固まった。
メリーさんの表情は動かない。人形だから。汗も出ない。なんかウソ発見器は反応したけど。
ただメリーさんの無表情は、冷や汗だらだらの幻覚が見えそうなほどかわいそうにうろたえていた。
「お、
メリーさんの手が、握られたペンが、ゆっくりと、お絵描きシートへと向かっていく。
そのペンは、ぷるぷるとふるえている。あんまりふるえすぎて、ペン先が小刻みにシートに触れて、点々がびっしりと描かれていく。
「大丈夫なの、あたしは分かるの、
「メリーさんごめん、無理しなくていいよ。別に雑学の多さが知性ってわけじゃないし現代社会じゃ暗記してる知識の量よりも適切に知識にアクセスできる能力の方がよっぽど重要な知性だと思うよ。
つまり分からなかったら、普通に検索すればいいよ」
「それじゃダメなの!」
不意に、メリーさんは無表情のまま大声を出した。
「だってあたし、ヌクトにもっとすごいってほめてもらいたいの!」
ヌクトにもっとすごいってほめてもらいたいの。
……沈黙。
大声を出した後だから強調される、誰もしゃべらないし動かない沈黙。
二人ともしゃべらないし動かない。僕もメリーさんも。
ただメリーさんの無表情が、どんどんと赤くなってゆでだこのようになっていった。
「えっと、違うの……そうじゃないの、ヌクトにすごいとこ見せたいってことじゃないの、いやそれは違うわけじゃないの、でもヌクトに特別ほめてほしいってわけじゃないの、ただあたしの知性をほめられたらうれしいってだけなのでもヌクトにほめられたらそれはうれしいのでも特別扱いしてるわけはないようなあるようなえっとえっとなの」
「えーっと、メリーさんはすごいねー」
「その取ってつけたようなほめ方はよけい恥ずかしくなるからやめるの」
「目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。
残ったのは壁に貼られたお絵描きシートと、忘れていったらしい眼鏡だけ。
お絵描きシートには
「……帰る前の一瞬でサッと調べられるの、じゅうぶん知性的だと思うなー」
忘れていった眼鏡を、手なぐさみに持っていじってみる。
これはサイズが合ってなかったけど、ちゃんとした眼鏡をかけたら、メリーさんかわいいだろうな。
『あたしの真の知性を見せつけるの正しくほめたたえるがいいの』
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