都市伝説のメリーさん、風呂に沈む。
雨蕗空何(あまぶき・くうか)
ひとっ風呂め
第1話 都市伝説のメリーさん、風呂に沈む。
「あたしメリーさん。今あなたのうしゴボゴボゴボ」
「ごめんお風呂入ってた」
いわゆる都市伝説の「メリーさんの電話」がかかってきた。
ただ僕は入浴中にスマホをいじるタイプの人間だったので、結果として僕の背後に現れたメリーさんは湯船に沈んだ。
「あたしメリーさん。お風呂に入るのは初めてなの」
「僕も人形と混浴するのは初めてだし怪奇現象と混浴するのも初めてだよ」
「女性と混浴するのは初めてじゃないの?」
「ごめんなさい女性との混浴も初めてです」
自宅の浴槽。
僕の隣で肩まで浸かる、西洋人形のメリーさん。
せめて服を脱いでほしい。
いや、エッチな意味じゃなくて、服の汚れが湯船に浮いてくるから。
メリーさんは湯船に口を沈めて、ぶくぶくとしている。
人形だけど息が吐けるんだね?
「久々に怪奇現象やれると思ったらお風呂に沈むとは思わなかゴボゴボゴボ」
「ごめん足場がいるね!? 背が足りなくて水面に顔が出ないんだね!? 今まで必死に立ち泳ぎしてたね!?」
風呂イスを湯船に沈めて立たせてあげた。
メリーさんは人形らしい無表情のまま、喋り続けた。
「最近は電話をかけても出てくれる人が少ないの。知らない番号だと無視されるの」
「まあ、仕方ないね。僕もスマホ触っててたまたま出ちゃった感じだし」
「久しぶりに都市伝説ができるって、胸が高鳴ってたの」
「人形に高鳴る胸があるんだ?」
「それなのに来てみたらこの有様なの」
「なんか、ごめん」
メリーさんは足をイスにつけたまま、体の力を抜いてぷかぷかした。
「でも、お風呂って思ったよりいいものなの。体の芯までぽかぽかするの」
「人形の芯って何が入ってるの?」
「持ち主に捨てられてぽっかり空いた心の隙間が、ぬくもりで満たされていくの」
「物理的なぬくもりでいいんだ」
「ただ誰かの背中を追いかけるだけの生き方では、決して手に入れることのできなかったぬくもりなの」
「今の状況は僕の背中を追いかけた結果だけど」
メリーさんはこぶしをぐっと握った。
「決めたの。家のお風呂でこんなに気持ちいいなら、温泉に行ったらきっともっと気持ちいいの。これから人の背中を追う旅じゃなくて、温泉をめぐる旅に出るの」
「さいですか」
「さっそく旅立つの。移動の瞬間は企業秘密だから、見せられないの。だから目潰しなの」
「シャンプーがッ!? 目にシャンプーがーッ!?」
目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。
もしかして夢でも見たのかと思ったけれど、風呂イスはしっかり湯船に沈んでいたし、水面に服から染み出た汚れがばっちり浮いていた。
……都市伝説によれば、メリーさんって持ち主に捨てられた人形なんだよね。
だから浮いてる汚れ、文字通りゴミ捨て場のにおいがする。
最悪だ。
その後、メリーさんはちょくちょく僕に連絡してきた。
「あたしメリーさん。今
「いちいち電話してこなくても……せめてメールとかにしない?」
「あたしメリーさん。今
「佐賀県じゃん。九州じゃん。フットワーク軽すぎない?」
その後、携帯電話を機種変して最新のスマホに変えたらしく、観光地の高画質な写真や動画を送ってくるようになった。
迷惑に感じないわけじゃないけど、メリーさん楽しそうだし……僕もちょっと、連絡をもらうのを、楽しみにしてしまっている。
考えてみれば、しばらく旅行なんて行っていない。
こうやって、メリーさんから連絡をもらうたび、気持ちがうずくのを感じる。
僕も、追いかけてみようか。
メリーさんが僕の背中を追って、風呂に目覚めたように。
僕もメリーさんの背中を追って、旅をしてみるのもいいかもしれない。
そう考えてしまうのはきっと、取り憑かれてしまったのだろう、メリーさんという怪奇現象に。
それでいいのだと、僕は思う。
「あたしメリーさん。今ブルーラグーンにいるの」
「アイスランドじゃん!! マジでフットワーク軽すぎじゃない?」
(著者からのお知らせ:好評につき不定期連載化します!)
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