第78話 都市伝説のメリーさん、白衣の天使になる。

「あたしメリーさん。今あなたの後ろに……」きょろきょろ、きょろきょろ。ボチャン「ゴボゴボゴボ」


「何事もなく出現成功しちゃったら自分で飛び込むとか、完全に芸人根性になっちゃってるんだよ」


 メリーさんからの電話に出ると、メリーさんは僕の背後に出現して、平穏無事に沈めた風呂イスに着地して他の怪異の妨害もなく安泰で、それだとつまらないと感じたのか、自分から風呂イスを降りて風呂に沈んだ。

 猫耳フードに空気がたまってふくらんで、くらげのようにぷかぷか浮いている。




「というわけで、今日はメリーさんの新しい服を用意してあります」


「発表の仕方におもしろみがないの。やり直しなの」


「本当にメリーさん芸人根性が染み込みすぎじゃない?」


 二人きりのお風呂。

 湯船の中で、僕とメリーさんは向かい合って、ゆったりとくつろいでいる。

 くつろいでるよね? 少なくとも僕はメリーさんと二人だけの方が気楽だしくつろげるけど、メリーさんはどうなんだろうな。

 表情が変わらないのはいつものことで、でも態度を見ればわりとメリーさんの心情って分かりやすくて……うーん、くつろいでない気がするな。なんだかそわそわしてる。


「メリーさん、どんな服が用意されたか気になる?」


「別に、そんなことはないの。どんな服でも、ヌクトが選んでくれたのならうれしい……んんっ、ヌクトの変態性が浮き彫りになるだけなの」


「なんで僕がそこまで執拗しつように変態扱いされなきゃいけないのか分かんないけど、じゃあそわそわしてるのは服が気になるからじゃないんだね」


「その通りなの。というかそわそわなんてしてないの。

 ヌクトと二人っきりっていうシチュエーションで何もせずじっとしてると落ち着かないとか、そんなことは断じてありえないの」


「あっ二人きりなせいで落ち着かないのかあ」


「そっ、そんなことありえないって言ってるの。勘違いするんじゃないの」


「もしかして、今日やたら芸人根性を見せてくるのも、ボケてないと二人きりなのを意識しすぎるからとか」


「ぎくっ、なの」


「そっかそっか、メリーさんそんなに僕のこと意識してくれるんだねー」


「ううううるさいの黙るの。無駄口叩いてないで、服を用意したっていうならさっさとそれを出すの」


 メリーさんは無表情を赤面させてぽかぽかと叩いてきた。

 おもしろいからもっと茶化したいけど、それより新しい服を着てもらいたいから切り上げようか。

 お風呂場の外から紙袋を取ってきて、メリーさんに渡した。


「はい、どうぞ」


「……ナース服、なの」


 紙袋から取り出されたのは、ピンク色のナース服。

 今の看護師さんが実際に着てるような感じじゃなくて、ピンク色でミニスカートで帽子もついてて、いかにもコスプレって感じのやつ。

 おもちゃの注射器もつけて、足元はピンクのサンダルと、あと白のタイツもつけた。


「口裂け女さんが女医さんだから、メリーさんはナースにしたらちょうどいいかなって」


「まあ、予想はしてたの。いつもそんな感じに選んでるの。でも思ったよりえっちなのが出てきたの」


「いやードール用のをいろいろ見てたらかわいいのがいっぱいあって。

 リアルなタイプのもあるにはあるんだけど、素材のいいメリーさんなら、こういうコスプレ感の強いのも似合うかなって思ってさ」


「素材のいい……んんっ。ま、まあなんにせよ、あたしのことを考えて服を選んでくれたことには違いないし、悪い気はしないの。

 それじゃあ、さっそく着替えるの。なので目潰しなの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流すと、メリーさんは早着替えが完了していた。


「……お注射します、なの」


 風呂イスの上に立って、片足のひざをちょっと内側に曲げてポーズを作るメリーさん。

 サンダルと白タイツの組み合わせがキュートさを引き立てて、ゆらゆらと揺れるお風呂のお湯がナース服のミニスカートをふわふわとひらめかせる。

 両手で支える注射器はメリーさんが持つにはちょっと大きすぎるけど、それがかえってメリーさんへの庇護欲ひごよくを駆り立てるね。

 弱った人を助けるための格好でありながら、思わず守ってあげたくなるような可憐さを併せ持つそのルックスへの総合的な感想は。


「ェ……かわいいね」


「ふ、ふふんなの、そんなお世辞を言われたって全然うれしくもなんともないの。でも一応ありがとうって言っておくの」


 メリーさんは無表情を赤くして顔をそらして、照れ隠しなのか注射器の押し引きする部分をちゅこちゅこ往復させた。

 お湯が入って水鉄砲みたいにぴゅっぴゅっぴゅーっと発射される。


「……ところで、ヌクト。今『かわいいね』の前になんか違うこと言おうとしてたの。なんて言おうとしたの」


「……エロいね」


「ド変態なの」


「目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。

 残るのはただ、くらげみたいに湯船にゆらゆらただよっている、脱ぎ捨てられた着ぐるみパジャマだけ。


「……あ、着替えがあればメリーさんが自分でくらげを見て遊べるって思ったのに、くらげ作ってなかった」


 まあ、どっちでもいいか。

 新しい服をメリーさんが着こなしてくれるのが、一番うれしいしね。

 着ぐるみパジャマは今度返せるように、洗濯しておこうか。






「脱いだ服を忘れていったから取りに来たのゔぉんゔぉんゔぉん」


「洗濯中にやって来て洗濯機の中に出現した」

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