第15話 都市伝説のメリーさん、B級映画を見る。

「こんこんこんばんコックリさーん! コックリさん系配信者の重縁指じゅうえんざしコックリじゃんねゴボゴボゴボ」


「あたしメリーさん。今コックリにヘッドロックを決めてゴボゴボゴボ」


「コックリさんの頭にメリーさんが組みついてもろとも沈んでる。仲がイイナー」


 メリーさんからの電話に出たとたん、背後でメリーさんとコックリさんがわちゃわちゃしながら湯船に沈んだ。

 お湯がいっぱいあふれてる。もう細かいことは気にしないことにしよう。




「今日は配信いっぱいがんばって疲れたじゃんねー。お風呂が染み渡るじゃんねー」


「いつにもましてトークがキレッキレだったよね。視聴者のイジリの返し方がなんかもう芸術的だったよ。

 あの、ごめんメリーさん配信見てたくらいでそんな不機嫌にならないで」


「不機嫌になんてなってないの。いつも通りのゴキゲンな無表情なの」


「ゴキゲンな無表情」


 ひと言で矛盾みたいな言葉が出てきた。

 まあゴキゲンな無表情の実例は、これまでたくさん見てきたけど。

 そのメリーさんはいつもの風呂イスじゃなく、僕のひざの上に陣取ってる。

 これあれだね、僕の一番近くをキープしつつコックリさんがすり寄ってきたらガードするための位置取りだね。かわいいね。


「ともかく今日は、前に約束した通り映画を見たいと思ってるの。ヌクトも一緒に見るの」


「ああ、うん……こないだ言ってたなんとかかんとかってやつね……」


 明らかにB級映画なタイトルだったこと以外、覚えてないなあ。大丈夫かなあ。


「えーっメリメリとぬっくん映画見るんじゃんね? おもしろそうじゃんね! あーしも見るじゃんね!」


「悪いのコックリ。あたしのスマホは二人用なの」


「えーっそんなのないじゃんね!? あーしも友達じゃんねー一緒に見たいじゃんねー!」


「まあスマホの小さい画面で、三人一緒に見るのはちょっと大変そうだけど……」


「ぬっくんひどいじゃんねー!? ぬっくんまであーしをのけものにするじゃんねー!?

 あーっメリメリめっちゃドヤ顔してるじゃんね! ぬっくんと二人っきりでお楽しみできるからって顔に出過ぎじゃんね!」


「べっ、別にヌクトと二人きりで見るの楽しみとか思ってないの。ドヤ顔とかしてないの。いつも通りの無表情なの」


 メリーさん、無表情のまま表情に出るのすごいよね。


「けど、どうしてもっていうなら、一緒に見てもいいの。同じ映画の感想を語れる人が増えるのは、いいことなの」


「切実そうだね。メリーさんの好み的に」


「メリメリって普段どんな映画見てるんじゃんねー? 今日はなんて映画見るんじゃんねー?」


「今日は『カンフー河童パリへ行く 〜激突!花の古代帝国忍者軍団とピラミッドの秘宝〜』を見るの」


「あれっ前聞いたタイトルと違くない?」


 覚えてないけど。河童とかパリではなかった気がする。


「よく分かんないけどおもしろそうじゃんね! さっそく見るじゃんね!」


「それじゃあ、配信アプリを開くの。上映開始なの」


「待って、上映時間一八六分? 三時間超え? マジで? えっこれ湯船に浸かったまま三時間鑑賞する流れなの?」


 そんなこんなで、鑑賞開始。




「ギャハハハハ! 主人公の河童メイクちょっとやっつけすぎるじゃんねー!」


「開幕からものすごい熱の入った演技してる……これこんな緊迫したセリフ回しするシーンじゃなくない?」


「主人公は河童と伊賀忍者のハーフって設定なの。だから体は完全な緑じゃないし人間に近い姿なの」




「バトルが超動くじゃんねー! 目まぐるしく敵味方入り乱れてドキドキハラハラじゃんねー!」


「いや吊り糸見えてる……これ若干トラブルっぽい動き入ってない? 事故りそうで違う意味でハラハラだよ?」


「主人公は催眠カンフーの使い手で周囲の人間を幻惑する能力があるの。それによる混乱した動き方がよく再現されてるの」




「悲しい恋のすれ違い、感動じゃんねー……! 主人公の熱演がまた泣けるじゃんねーおーいおい……!」


「やたら顔アップばっかでヒロインと一緒に映るカットがないんだけど……もしかして役者さんのスケジュールが合わなかった?

 あとごめんちょっとのぼせてきた……」


「この役者さんは熱の入った表情の作り方がうまいの。同じ監督の別の作品でも、出番は少ないけど重要な役どころで熱い顔アップを見せてるの」




「はー! おもしろかったじゃんねー!

 まさか序盤のあのシーンもあのシーンも伏線だなんて、思わないじゃんねー!」


「あえてチープな絵面を作って、視聴者がこんなもんかとスルーするところまで計算ずくなの。これはちょっと、感動なの。

 ヌクトもそう思うの……ヌクト? ヌクトっ!?」


 スマホの画面にはスタッフロールが流れる。

 それが視界におぼろげに映りながら、僕の意識は遠のいていった……






「ハッ、目の前に人外存在が二人もいる。ここはあの世?」


「お風呂場なの」


「お風呂場じゃんねー」


 目を覚ますと、メリーさんとコックリさんが僕の顔をのぞき込んでいた。

 いつもの風呂場。洗い場で寝かされているらしい。

 あれ、なにげに僕、コックリさんにひざ枕されてない?


 コックリさんはほっとした様子で、ペットボトルを手渡してきた。


「ごめんじゃんねー、あーしら人と感覚が違うから、ぬっくんがこんなにのぼせてるの気がつかなかったじゃんねー。

 体は冷やしたから、あとはしっかり水分摂るじゃんねー」


「……ごめんなの、ヌクト」


 メリーさん、普段見ないくらいしおらしくなってる。

 心配かけてごめんね。これは僕自身が体調管理しないといけなかったよ。


「メリメリも今まで見たことないくらい取り乱してたじゃんねー。

 気絶したぬっくんを起こすために、ちゃんと息してるのに人工呼吸までしたじゃんねー!」


「え?」


「ちょ、コックリ何をぶっちゃけてくれてるの」


 人工呼吸。それってつまり、マウストゥマウスだよね。

 人形なのに息が吐けるの不思議だなー……というのは置いといて。


「僕、気を失ってる間にメリーさんとキスしたってこと?」


 ええ、それ覚えてないのショックだな。そんなおもしろそうな状況を知らないうちにやってたなんて。


「…………」


 メリーさん、うつむいてぷるぷるとふるえてる。

 顔は無表情のまま、ゆでダコみたいに真っ赤になって。


「全部忘れろなの」


「いやそもそも覚えてないっていうか目にシャンプーがーッ!?」


 目の泡を洗い流している間に、メリーさんはいなくなっていた。コックリさんも。

 残るのはただ、水の入ったペットボトルだけ。


「……しっかり水分摂って、体を休めるかぁ〜」


 風呂場から出る。

 そのとき僕のスマホが、ピロンとメッセージの受信を告げた。メリーさん。


『カウントしていいか微妙だけど、あたしは初めてなの』


「……うーん、僕もキスなんてしたことないけど……これどういう感情でいればいいんだろう?」


 メリーさん、女性としてカウントするべきなのかなあ。するべきなんだろうなあ。

 まあいいや。とりあえず水分摂って、ちゃんと体を冷やすとしよう。

 体を拭いて、脱衣所を出る。






「フルチンで冷蔵庫まで来るのバカなの変態なの」


「ありがとうメリーさん冷蔵庫にスタンバって飲み物用意してくれたんだねフルチンは普段から風呂場で見慣れてるはずだよね目にシャンプーがーッ!?」

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