第51話 問題は山積だと気付く。

「なんでよ‼」


 蒼砂そうさ学園に到着して秒でアキは頭を抱えてしゃがみ込んだ。なんか場の勢いで『B2』に行くと宣言したものの、どこかで「お前はダメだAチームにいろ、必要な戦力だ」なんて言われるかもな未来を想像しなくもなかった。だけど結果は「あっ、そう」みたいな反応!


 いやいや、監督! そこは止めて! 娘いるんでしょ? もうちょい女心わかろうよ! そんな事だと孤独な老後がまってるよ?

 訳の分からない思考暴走をしている、田中アキのおしりに軽い衝撃が走る。なんだコラっ⁉ こっちは虫の居所が悪いんだよ! お前、どこ中だよ⁉ そんな威勢で振り向いた。


(あっ、アカン…命取られる…)


 振り向いた先にはアキの「にわか喧嘩上等」とは桁違いの人相で見下してくるのは、同じSBサイドバックの2年生渡辺『3番』だ。圭の選手交代で下げられた際、ベンチにあったペットボトルを蹴り飛ばし小林監督にBチームへの降格を言い渡された例の人物だ。


 ちなみにプレイスタイルは「鬼の守備」で献身的にチームに貢献していた。守備がザルなアキとは真逆のフットボーラ。守備が出来る上に攻撃参加もする。アキにはアキの持ち味があるものの、自分の良さは見えないもの。


「田中。あんた、こんなトランクの前で邪魔だと思わない?」


「はひっ⁉」

 アキはようやく辺りを見渡す。バスを真っ先に降り自分の決断の後悔の波に飲まれていて気付かなかった。アキはバス側面にあるトランクルームの真ん前でしゃがみ込んで凹んでいた。


「田中。あんた私生活でも視野狭いのな」


 ドスマシマシで言われ震えあがる。考えてみればアキにとって渡辺は中等部からの天敵。逆サイドとはいえ同じSBサイドバック。何より駆け上がることが多いアキと組む場合、渡辺の守備の負担が増す。そうなると「何でもかんでも上がるな」とクレームがくる。めっちゃ怒られて怖いものの、攻め上がるしか出来ないアキは上がる。


 アキの攻撃参加によりアキの左サイドが起点となり得点に繋がってるものの、アキにあるのは渡辺への恐怖だけ。いや、ぶっちゃけ渡辺が怖いから少しでも離れた前線に行きたいために上がる説すらある。


「ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」と平謝りのアキに「私、謝れって言った?」となる。もうこうなるとどうしていいかわからない。手を焼いた渡辺が退散する感じだ。別に渡辺にいじめる意思はない。ただ少し目つきが悪くて、少し声が低めで人に恐怖を与えやすいだけ。


「川守圭。これ、メンバー表。急だったから『B2』のメンバー手書きだけど書き出しといた。ポジションは一通りいるから。とは言っても色々困るだろうから船頭せんどうを付ける。メンバーのポジション適正はあの子に聞いて、いい?」


 姫乃ひめのは意外にきめ細やかな対応を圭にとる。早乙女女学院との後半で圭の采配に光るものを感じたのと、B、Cチームのこれからに対しての不安もある。何よりも「こういう」変化はワクワクする。


「頑張んなさいよ、Aチームは強いわよ? 私がいるんだから(笑)」

 そう言って姫乃ひめのは背を向けた。その後小林監督と顧問の立花からの簡単な話があり、解散となった。解散となったがチームごとに指示された訳ではないが集まった。


 Aチームは姫乃ひめのが中心に指示を出した。主にAチームだけでは人数不足で急きょ組み込まれた数人のCチームを『A1』『A2』へと振り分けたりした。Aチーム同士での対戦はない。なので簡単な混合ミーティングを終え早々に解散した。


 異様な空気を放ったのは『B1』だ。いや『B1』の指揮を執ることになった顧問の立花の発言に。


「みんな、聞いて。との対戦は3日後、ここで結果を出さないとみんなもだし、! なので、明日は休日返上で練習します! 8時半集合、9時開始! いい? それから昼食と十分な水分を用意して!」


 ノリノリな立花と選手の温度差が半端ない。見かねたBチームのキャプテン麦倉むぎくら優愛 ゆあ『22番』1年生が苦言を吐く。Bチームは基本的に1年生のAチームという立ち位置。なのでキャプテンは1年生が務めた。姫乃ひめのが引退したあと麦倉むぎくら優愛 ゆあがAチームのキャプテンを継ぐのは既定路線だ。中等部も同じ流れだった。


「先生。監督は明日、明後日は休養日に設定してます。私たちのほとんどが早乙女とのB戦やってますよね、疲労が溜まって故障の原因になります」

「それもそうなんだけど、そんなこと言ってたらいつまでたっても『Aチーム』に勝てないぞ? そういう訳で、解散! お疲れ様~」


 まるで聞く耳を持たない。顧問の立花は中高で男子サッカーのマネージャーを経験していた。『勝てないぞ?」なんて言葉が通用するのは男子だけ。今言葉や態度に出さないのは渡辺の二の舞になりたくないから。そう考えると立花がしていることは虎の威を借りる狐。


 中等部からの生え抜きである麦倉むぎくら優愛 ゆあたちは、中等部時代の恩師桜庭おうば監督の言いつけを守り「1年間だけ」我慢しているに過ぎない。間違っても立花の指導力ではない。


 しかし、Bチームの我慢の限界もそこまで来ていた。予想もしていなかったコーチ候補が突然目の前に現れた。いつもと違う選手起用がハマり、全国3位に逆転勝利を収めた。そしてその後そのコーチ候補が見せた技術。Bチームでくすぶり続けた感情の扉が開かないわけがない。


 しかし、麦倉むぎくら優愛 ゆあは我慢した。大事の前の小事と自分に言い聞かせて。ただ、お花畑の顧問に何も言わないのとは話が違う。


「先生。練習は別に構いませんが、ランニング以外のプランないんですか。うちら陸上部に入部した覚えないんですけど」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあの言葉を後ろ手に手を振り、立花は立ち止まりもしない。


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