第21話 初めての共同作業と気付く。

 当たり前だが、麻莉亜まりあが頭を抱えるようなイベントは起こらない。体調が悪い相手に何をするというのだ。


 ただ、圭は麻莉亜まりあに「着てるものを洗濯機に入れといて。洗っとくから」と言われ固まった。


(着てるものって……下着パンツもだよね……もれなく含むのか? 含むよね…… いま着てる下着パンツだよ?)


「えっと……圭ちゃん。洗濯物はお母さんに頼むけど?」


「ん……沙世さよのことがあるからやめとく。着替えから風邪が伝染うつるかわからんけど、一応」


「あ……そうなんだね、ははっ……(マジか……)」


(普通に返された。もう少し「ドキマギ」感あってもいいんじゃない? だって下着パンツだよ? 女子だよ? 中3だよ?)


 そんな抗議をしたいものの、流石にそこまで体力は回復してない。ここは良妻賢母的に諦めも肝心だと割り切ることにした。


 シャンプー類は圭の母親の物を使うといいと言われたが、圭の物らしきものを使った。


(あ……圭ちゃんの匂いがする。これって許嫁特権だよねぇ~~)


 どうやら麻莉亜まりあは匂いフェチなのかも知れない。湯船に張られたお湯は少しぬるめ。これは麻莉亜まりあの体力を考えて圭がわざとした。


(圭ちゃん。来ないよなぁ……上がっちゃうけどいいのかなぁ……)


 マンガやラノベの影響なのか、こういう時必ず男子は浴室に来るものと思っていたが、一向に圭は来ない「ポロり」もタオル「ハラり」もなくていいのか。麻莉亜まりあは逆に心配になる。


(見る価値もないってことじゃないよね……ムっ、それは聞き捨てならないです!)


 麻莉亜まりあは自分の発育途上の胸を見ながら「でも大丈夫、きっと……圭ちゃんは紳士なんだ、たぶん……そう、たぶん!」と言い聞かせ腕組みをした。


「きっと」から「たぶん」に変化したことに自信のなさが伺える。しかも「たぶん」を2度も言った。ドンマイ! 麻莉亜まりあ


 麻莉亜まりあはちょっとだけ不満な顔して顔をお湯につけ「ブクブク」と息を吐き出した。不思議とちっぽけな不満は泡と消えた。


 ***

「圭ちゃん。上がったよ(ホクホク)」


 リビングは麻莉亜まりあが来ることを考えてエアコンをつけていた。


 圭は麻莉亜まりあが少し元気そうなので、白粥から卵とじをしたおかゆに変えた。


 少しでも栄養が取れるように。


「食欲はどう?」


 麻莉亜まりあは新しく着替えたパジャマの上からお腹を押さえ「まぁまぁ」と笑う。


 麻莉亜まりあの看病用に作られた『看病グループライン』で麻莉亜まりあの母親から共有されていたことがある。


『うちの娘たち食欲旺盛になるから、よくなってる目安かも――ママより』


 あくまで圭に「ママ」と呼ばせる気まんまんのようだ。


 その「ママ」の言葉通り麻莉亜まりあは用意していた「卵とじしたお粥」をぺろりと平らげた。


 食後に薬を飲み熱を測ると37度前半まで回復している。油断は出来ないが運がよければこのまま安定するかも。


 圭は体温計を見て安堵の息をついた。


「ご心配お掛けしました(ぺこり)」圭は首を振る。安心した顔して。


「熱が上がったときはどうしようかと思った。まだ安心出来ないけど、食欲が戻ったなら少し安心だな。体力はまだだろうから無理しないこと」


「は~~い(旦那さま、ふふっ)」


 圭はまだ半乾きの麻莉亜まりあの頭を撫でる。買っておいたゼリーもきれいに食べて、少しぐずったが圭の言うことを聞いて布団に入った。


 ぐずった理由は「トランプしたい」だった。お泊まり会と勘違いするほど回復してきている。


 その夜。沙世さよからラインがきた。もちろん麻莉亜まりあの体調が心配で。


 圭は寝ている麻莉亜まりあの手を触る。おでこには冷えピタが貼ってあるので代わりに手で体温を確認してみた。


(なさそうだ……あっても微熱程度)


 そのことを沙世さよに伝えると安心したようで、大事な試合に向けての意気込みなんかをめずらしく圭に対して言葉にした。


『早く寝ろ。麻莉亜まりあちゃん熱下がってもお前が試合に行く日までは預かるのは変わらない』


『ありがとう。圭……なんか、ありがとう』


 涙もろい沙世さよのことだから泣いてるのだろうと『おやすみ』のスタンプに既読がつくのを確認して圭もこたつで寝た。


 沙世さよが試合に出掛けるのは2日後の朝だ。


 ***

「圭ちゃん。なんかお腹すいた(ぐうぐう~~)」


 そんな言葉で圭は目を覚ました。圭はスマホに目をやる。6時過ぎのことだった。


 顔色から見て元気を取り戻したのは明らかだ。食欲も戻っていることからして大丈夫なんだろう。一応熱を測ってみる。


 36度中盤。麻莉亜まりあの平熱までは知らないが、まぁ安心出来るところまで回復したと言える。


 元気を取り戻した麻莉亜まりあは部屋の中をキョロキョロと見渡す。そして部屋の隅に干されている自分のパジャマの影に白の下着パンツを見つける。


「ついにふたりは一線を越えてしまいましたか(しみじみ……)」


「いや、越えてませんが⁉」


 圭は慌てて抗議する。確かに自分のベットに麻莉亜まりあが寝ていると思うと、中々寝つけなかったのは事実だが、何もしてない。


「わかってますよ。そうじゃなくてですね、圭ちゃんと私。下着パンツを洗濯してもらうような関係になったんだなぁ〜〜と。感慨深くですね思ったりです」


「なにそれ?」


 麻莉亜まりあはふふっと鼻から小さく抜けるような笑いをもらした。その笑い方が年下なのに大人びて感じた。


「いえ、ただ『未来の旦那様』は私の看病をしてくれて、洗濯とかもがんばってくれたりで、おまけに朝まで部屋にいてくれる優しい人だと、ちょっと惚気のろけてみたりです」


「『未来の旦那様』って……」


 麻莉亜まりあはもう1度同じように鼻から向けるような笑い声で笑い「その手には乗りませんよ、実際そうですし。自慢したいです」と圭の隣に座り直した。


 その身の動きひとつ取っても病人とは思えないほど回復している。


「だって、照れて言葉にしないなんてもったいないじゃないですか。私の『未来の旦那様』はこんなに優しい人だって世界中に知らせたいのですが……今はやめときます」


「えっと……」


「理由ですか? そうですね……下手に圭ちゃんのいいところをこれ以上知らせたら、あの『北見何某なにがし』さんの逆襲にあって泣きたくないので、ナイショです! 慎重に事を運ばないと(笑)」


 初めての共同作業とも呼べる麻莉亜まりあの看病は峠を越え、ふたりの仲は親しさを増した。


 しかし、他の女子に警戒を怠らないのが良妻賢母の心得だ。


(油断大敵と言いますし……)


















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