第20話 イベント開催に気付く。

 買い物を終えた圭は部屋で眠る麻莉亜まりあの様子を見るために部屋に戻る。弱めのノックをしたのは、着替え中じゃないことと起こさない配慮。


 返事がないのでそっとに部屋に入ると麻莉亜まりあは布団の中で目だけ「ぱちくり」と開けていた。


「圭ちゃん、おかえり。ごめん、なんか飲みたい」


 弱々しい声。買い物に出る前の軽口はそこにはもうない。圭はポカリを用意し座った麻莉亜まりあに飲ませた。いつもはぷっくりとした唇がカサついている。


「――でも、変な感じだね」


 麻莉亜まりあは隣に座る圭にもたれ掛かる。甘えてるという感じではなく、支えなしではふわふわして座ってるのが辛い。


 麻莉亜まりあが聞き返して欲しそうな顔するから「なに?」と圭はたずねた。本当はあまりしゃべって体力を使って欲しくないけど。


「だって圭ちゃんに看病されてんだよ? なんか特別扱いで照れちゃう……いやここはデレようか?」


「こんな時にデレなくていい。。この先特別扱いは待ってるから。早く治そう。さあ熱測って」


(い、いつも! もう圭ちゃんたら……ばかぁ。でも……デレてるように見えるのかなぁ……私デレてるのかなぁ……きゅん)


 圭の一言で熱が上がりそうだ。この男子は看病がしたいのか悪化させたいのか。


 いや、もしやこれが『恋の病』とやらなのか⁉(キリッ!)


 最近の体温計は数秒で熱が測れた。病人の負担が少しでも軽くなっていい。熱は残念ながら上がっている。


 38度半ば。圭は体温計を見て、病院から出された解熱剤を麻莉亜まりあに飲ませることにした。


 処方された薬の袋には「38度を越える場合服用してください」とある。


 圭は1度麻莉亜まりあを布団に寝かせ、キッチンに向かった。氷枕のアイスノンを取りに行った。熱がある時に頭を冷やす行為に賛否があるようだが、この場合頭を冷やすことを圭は選んだ。


 アイスノンにタオルを巻き、寝ている麻莉亜まりあの頭の下に敷く。頭が高くなり過ぎないように高さの調整をする。冷え過ぎないようタオルは厚手だ。



麻莉亜まりあちゃん。何がなんでもふたりで乗り切らないとじゃないから。これ以上悪化するみたいだったらおばさんを頼る。それから我慢しないで何でも言って。何度も部屋を出入りするけど、ちゃんと見てるから安心してほしい」



 よほどしんどいのか「こくり」と頷くのがやっとだ。目を閉じると薬が効いたのかすぐに寝息を立てて眠りに落ちた。


 圭は忘れない内に『麻莉亜まりあ看病グループ』に今の熱と解熱剤を飲ませたこと、アイスノンで頭を冷やしてる事を送信した。


 これは麻莉亜まりあの症状を共有するだけではなく、いつ解熱剤を飲ませたのか、その時何度あったのか、症状はどんな感じか後でわかる記録になると圭は考えていた。


 思ったより冷静さを失わない。


『熱が高い時はあまりお布団を被せたら熱がこもるから注意して』と彼の母親からラインが入った。


麻莉亜まりあ、少しは何か食べた? 圭も食べないとね』雨音あまねからだ。沙世さよからは返事が来ない。練習中なんだろう。


(さてと……)


 圭はリビングに降り、コンビニで買っていたおにぎりとインスタントの味噌汁を食べる事にした。


 雨音あまねの忠告を聞く前から麻莉亜まりあが寝たら食事にすると決めていた。


 食べられる時に食べないと体力がもたない。こんな時に麻莉亜まりあに心配を掛けてられない。あまり食欲がなかったが、そこは頑張って食べた。食べながら――


(これじゃ栄養が足りないか……)


 自分が倒れたら意味がない。圭は自分のことは面倒臭いと思いながら卵を焼いて食べた。十分に栄養が足りているかわからないが少しはマシだろう。


 何となく自分も心配されているだろうと食事の写真を『看病グループ』に送信した。


 食後どこで待機しようか迷った。麻莉亜まりあが寝ている圭の自室か、リビングか。


 部屋に一緒なら何か起きてもすぐに気付くことが出来る。でも、寝ている麻莉亜まりあを起こすかも。


 リビングなら起こす心配がないけど、何かあってもすぐに気付けない。


(起きた時にいないと心細いか……)


 もし自分が病人で看病してくれるのが麻莉亜まりあなら、傍にいて欲しい……圭は自分に置き換えてしてほしい方に決めた。


 出来るだけ静かに部屋に入る。


 意外にも麻莉亜まりあは目を覚まさない。薬のせいか。部屋は加湿器で加湿されていることもあり、少し暖かい。


 圭はこたつに入り、読みかけの本をカーテンから零れる光で読む。スマホは光で起こしてしまうかもと、控えた。


 この気遣いは麻莉亜まりあの良妻賢母が伝染したのか。


 ***

「圭ちゃん。私寝てました」


 夕方前。まだ陽が残る頃麻莉亜まりあは少し体を起こして圭を見た。圭はちょっとだけカーテンを開け部屋を明るくする。声の感じから寝る前より少し元気そうだ。


「どう? 少し元気そうだけど。熱測ろうか」


 圭は体温計片手に近づくと麻莉亜まりあは一瞬身をかわす。


「どうしたの?」


「あぁ……私汗かいてて……恥ずかしいです」上目遣いで訴えるものの「汗かくのは熱があるから仕方ないよ」と圭は取り合ってくれない。


、私、その……女子です、恥ずかしいです」抵抗するが「はい、病人はじたばたしないの」と隣に座られ体温計を脇にさされた。


「うぅ……圭ちゃん。こんな事したら逆に、熱あがりますぅ……」


 近くのクッションに顔を埋め、懸命に抗議の意思を示すが、単にかわいさだけしか伝わらない。ほんの数秒後に体温計の電子音が鳴り、確認すると37度中盤くらいまで熱は下がっていた。


「よかった少し下がってる。薬効いてるみたいだな。汗かいてるだろ、着替えないと。廊下に出てるから」


 しかし麻莉亜まりあはモジモジしたまま返事をしない。圭はよくわからないまま部屋を出ようとしたら「圭ちゃん。その……お風呂入りたい。ダメかな?」と布団の中で体育座りをした。


(風邪の時お風呂入る派なんだ)


 圭の家族は圭を含めてお風呂には入らない。長引く場合は別として、髪を洗面所で洗い体を濡れタオルで拭く感じだ。


「じゃあ、準備する。着替えは雨音あまねが用意してくれたボストンバックに入ってるから」


 そう言って圭は麻莉亜まりあを部屋に残しお風呂の用意をしに風呂場に向かった。


(ど、どうしよ……これって、……お風呂イベントだよね‼ あわわわわわっ、お風呂イベントって『あんなこと』や『こんなこと』が起きるのよ、たぶん……ど、ど、どうしよ、心の準備が! でもでも、自分で言い出したんだし……うぅ……)


 取り乱しているところ恐縮ですが、圭が病人の麻莉亜まりあ相手にお風呂イベントを開催するとは思えないんだけど……余計なこと考えてるとまた熱が出るだろ……


 一応断っておこう。ポロリはない。麻莉亜まりあは中3なんだから。







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