第19話 気付いて欲しいことに気付く。

 リビングで麻莉亜まりあを待たせている間、圭は部屋の空気を入れ替えた。


 体調が悪い麻莉亜まりあを迎え入れるのに室温を下げていいのか、考えたが新鮮な空気の方がいいと彼は思った。


 窓の外から雨音あまねの声がし顔を出すと、当面の消耗品が入ったボストンバックを「そぉれ」という掛け声と共に投げて渡された。


 軽いものばかりなので問題はない。受け取った感じ着替えなどだろう。


 大事な試合を控えた沙世さよだけには絶対にうつさない。雨音麻莉亜の思いはただそれだけだ。


 早朝から夜遅くまでクタクタになるまでグラウンドで汗を流し、1年生ながら名門蒼砂そうさ学園女子サッカー部で掴んだレギュラー。そんな努力を姉妹だけではなく圭も見てきた。


 麻莉亜まりあを隔離する以上、沙世さよと接する雨音あまねからも遠ざけないと安心できない。


「圭もマスクしないとだよ。わかんないことはいつでもラインして」圭は雨音あまねに軽く手を上げ部屋に戻った。


「とりあえずベット、ファブリーズまいたから」


 麻莉亜まりあを部屋に招き入れながらそう言うと「それは残念です。圭ちゃんの匂いに包まれて寝たかったのですが」ぺろっと舌を出すが声に元気がない。


(体調が悪い時くらい気を使わなくていいのに……)


圭には麻莉亜まりあの空元気はお見通しのようだ。ボストンバックの中身を確認すると冷えピタや、着替え類。


 部屋の明かりをつけカーテンを閉め「出てるから着替えて」と言うと「手伝ってくれてもいいんですよ」とそれでも冗談を言おうとする。


 圭は頭を撫で部屋を出た。撫でた頭が熱かった。


 触れた手のひらを見ていると「バレましたか(てへっ)」みたいな顔しておどけて安心させようとする、根っからの良妻賢母。


 こんな時くらい良妻賢母は休業して欲しい。


 階段を降り、冷蔵庫から未開封のポカリを取り出しておく。冷たいより室温にしておく方が胃腸に負担が掛からないだろうとの配慮だ。


 熱がある時は水分補給は欠かせない。ポカリばかりではなんなので、ペットボトルの麦茶とミネラルウォーターも用意した。


 ノックをして部屋に戻ると「くたっ」とした麻莉亜まりあがベットに座っていた。さっきまでの厚着で熱がこもったのか、のぼせたような表情だ。


 精いっぱい元気を装ってみたが限界のようだ。圭は早速水分を取らせた。


「薬は飲んだの?」と尋ねると首を振る。圭は麻莉亜まりあを支えて布団に寝かせた。


「おかゆ作ってくる。薬飲まないとだし……『あーん』イベントあるから、おとなしく寝てる事」というと「こくり」と頷いた。


 部屋を離れる前に熱を測る――38度前半の高熱。


 おかゆを作る間リビングの棚に冷えピタの買い置きがないか確認する。雨音あまねから渡されたものを合わせたらそこそこあるが、後で買い物に出る時に買い足しておいた方が安心だ。


 圭はメモに冷えピタとポカリそれからゼリーなどを加えた。


 出来上がったおかゆをトレーに乗せ、梅干しと一緒に部屋に戻る。いつもはリビングで使っている加湿器を今は麻莉亜まりあのために部屋で使用していた。


 宣言した通り『あーん』イベントをしようと思ったがベットでするとなると、少し難しい。体を支えこたつに移動した。抱えた体から熱を感じる。


「今は、確認しますか? それとは『お姫様抱っこ』と相場は決まってます。善処してくださいね」と唇を尖らせる甘えん坊ぶり。


 熱でしんどいくせに、看病してくれる圭におどけるくらいの良妻賢母的配慮は健在だが、今はそんな事より体力を回復させる方が先だ。


(お姫様抱っこか……麻莉亜まりあちゃんの体格なら余裕だなぁ)


 姉妹の中で断トツ小柄な許嫁を見て、元気になったらやってみようじゃないか『お姫様抱っこ』とやらを!


 変な決意を圭は固める。


 しかし熱に火照った頬、うるんだ瞳、軽く傾げた首が何とも言えない色気を醸し出していた。圭はブルりと頭を振って我に返る。


「その気になればいつでも、なんて確認できる」


「ほぅ……そうですか。強気ですね。でも果たしてそう上手くいくでしょうか。こういうの『逃がした魚は大きい』って言うんですよ」


麻莉亜まりあって……その……お、大きい? まさか着瘦せするタイプとか⁇」ワザと大袈裟な声を出す圭に「もう、のばかぁ……でしょ、着やせじゃないです!(ぷんぷん)」と怒って見せた。


 いや、本気かも。


 ***

 おかゆを半分食べポカリを2口飲み処方された薬を飲んだ。熱は相変わらず38度前半。おでこに貼ってあった冷えピタはカラカラに乾いていた。


 新しい物にかえ麻莉亜まりあをベットに寝かせた。流石にしんどそうなので『お姫様抱っこ』はお預け。


 布団をかぶせ「必要なものを近くのコンビニで買ってくる」と告げると「おやすみのキスはないの?」とかすれた声で要求する。


 どうも、麻莉亜まりあは熱が出ると甘えた冗談を口にするらしい。


 ドアノブに手を掛けかけていた圭は一度戻り、頭を撫でて「すぐに戻るから。今の状態おばさん知りたいだろうからラインしとく」と麻莉亜まりあを安心させることも忘れない。


 今度こそ部屋を出ようとする圭の背中に「圭ちゃん……私……大丈夫だから……よ……絶対だから」どうやら圭がまだ北見弟のことを気にしてると思ってるようだが、圭本人は麻莉亜まりあの看病のことしか頭にない。


 いや、片隅にはあるか。人はそんな万能じゃない。


「ありがと。スマホ見ちゃダメだからな」子供に注意するようなこと言ってコンビニに向かった。


(オレも大丈夫だって言えばよかった……)


 軽い後悔と共にコンビニに向かう足取りは軽い。


 コンビニは片道10分の場所にあった。自転車なら5分くらいだけど、圭は歩いた。吉沢家に麻莉亜まりあの事を報告したい。


 歩きスマホがいいワケじゃないので、移動しては止まりラインを送るを繰り返した

 。麻莉亜まりあがひとりでいる時間を少しでも減らしたいので、移動と連絡を兼ねた。


 スマホを見ると雨音あまねからのラインが入っていた。


 気が利いたことに麻莉亜まりあを除く幼馴染(雨音あまね沙世さよ、圭)と両家の母親だけの『麻莉亜まりあ看病グループ』へ招待されていた。


 これで圭が個別に麻莉亜まりあの症状を知らせる手間が省け、負担を減し情報を集めやすくなる。これでいざという時近くにいる誰かが手を差し伸べられる。


 麻莉亜まりあを外したのは、回復に集中させるためで本人に用事がある時は直接本人にラインするか『川守吉沢なかよし家族グループ』にメッセージすればいい。


(やっぱ雨音アイツ天才だ……いや、まぁ……優しいんだろ。たぶん)


 雨音あまねの気づかいと麻莉亜まりあを思う気持ちが、なんかありがたかった。


 ***

 当面必要そうなものはコンビニで手に入った。


 冷えピタやのど越しがよさそうなゼリーやプリン、のど飴スポーツドリンクなんか買って店内を後にしたところ、沙世さよからラインが入った。麻莉亜まりあの容態を気にして。


 圭は麻莉亜まりあの具合や熱、食欲なんかを簡単にラインで伝えた。部活の練習の合間の連絡だろうから手短に。


 それでも伝えないといけないことがある。


 沙世さよにうつさないために隔離が必要だったこと。


 最初沙世さよが圭の家に来ることになっていたが、沙世さよの大事な試合の前に寝床が変わってコンディションを崩さないか心配し、自分が圭の家に行くと麻莉亜まりあが決めたこと。


 これだけは伝えたかった。いや知って欲しかった。


 いつまでも姉たちの後ろを付いて回っていた頃の麻莉亜まりあではないことを、圭は知って欲しかった。


『ありがと。圭。妹をよろしくお願いします』


 生まれて以来の付き合いだ。この返事で沙世さよがどんな風に感じているか圭にはわかった。


(今頃、麻莉亜まりあちゃんの思いに大泣きしてんだろなぁ……バスケ女子は)








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