第18話 公認されたことに気付く。

「聞いてない? 沙世さよサッカー部の交流戦があるの。近県の強豪と。それに向けて頑張ってたから風邪うつしたくないでしょ? それで」


 まぁ、もっともな理由だ。そのこと自体問題はない。


 病人を隔離するのは感染拡大に効果的だし、病院から戻るまでインフルエンザの可能性も捨てきれない。


 それに圭の親が反対するとは思えない。そこまで考えて圭はあることを思い出す。


「あっ……ウチの親、今朝からばあちゃんの家に行ってるぞ」


「じゃあ、沙世さよとふたりきりか『ヒューヒュー!』な展開ね」


「ならねえよ、それより麻莉亜まりあちゃんはどうなんだ」


 雨音あまねはスマホを確認したが連絡がないみたいだ。


 肩をすくめて「37度後半ってとこね、朝の段階で」やれやれと雨音あまねはポンと無人の圭のベットに腰掛けた。


「あんた、リビングのソファーで寝たら? ここは沙世さよに使わせて」


「ヤダよ、あんな汗臭くてお好み臭い女」


「毎日『お好みパーティー』してるワケじゃないでしょ? 汗は知らんけど。流石に女子をソファーに寝かせられんでしょ、いくらあんたが寒がりでも。それともここで沙世さよと添い寝する?『ヒューヒュー!』ね!」


 雨音あまねは「ムフフっ」とからかう気満々だが、発熱の麻莉亜まりあが気になって話が入って来ない。


「とりあえず親には言っとく。どっちがソファーで寝るかは別として沙世さよの件は任せてもらっていい。麻莉亜まりあちゃんの風邪もきのう連れまわしたせいだし……」


 雨音あまねは「う~~ん」とうなって「それは気にしなくていいんじゃない?


 そんなこと言ってたらどこにも行けないし。


 まぁ受験前1週間は自粛を要請するけどと、クギを刺したり?」とおどける。


「お姉ちゃんだろ、十分?」その問い掛けには首をひね雨音あまね


 ようやく「そうでもないよ」と返すに過ぎない。なにか思うところがあるのだろうか。


(そうだ。雨音あまねは意外にも自己肯定感が低いんだ)


 ***

「あっ、お母さん帰って来たかも」


 窓の外を眺めていた雨音あまねが聞き慣れた車の音に反応する。


 ふたりは慌ただしく部屋を出て階段を駆け下りた。お互いに行き来が多い両家族。


 子供たちはお互いの家のどこに何があるとか、トイレの芳香剤まで知り尽くしていた。


「おばさん、麻莉亜まりあちゃんどうでした?」


 クルマから降りた三姉妹の母親吉沢七恵「通称ななちゃん」は圭の姿を見かけ腰に手を当てて少し怒った風だった。


「昨日はすみませんでした、その……麻莉亜まりあちゃんを連れまわして……」


 圭が通称「ななちゃん」が怒ってる理由を「受験生の娘を連れまわして風邪をひかせた」ことにあると思ったし、お怒りはごもっともだと思った。


 しかし普段は温和な通称「ななちゃん」の顔に笑顔は戻らない。


「圭くん。ひとつ言っておきます」


「はい……」


「あなたとウチの麻莉亜まりあは許嫁の関係です」


「はい」


 圭は返す言葉もない。


 許嫁ならより一層麻莉亜まりあの将来に係わる受験に対し真剣に向き合うべきだと圭は思ったし、お出かけは合格してからでも遅くはない。


 会うだけなら部屋でいいはずだ。


「すみませんでした」


「わかればいいのよ。だからこれからは『おばさん』じゃなくて『』って呼んでね、圭くん!」


「え……?」圭は雨音あまねと顔を見合わす。雨音あまねも大概ではあるが、そこは幼馴染。


 雨音あまねの座右の銘『親しい仲には礼儀はいらぬ、ほらちこう寄れ、い奴め』だ。


 そんな破天荒な雨音あまねですら二度見する母親の「圭くん、ママって呼んで」発言。


「お母さん! 何言ってんの⁉ 誰もお母さんのこと『ママ』なんて呼んでないじゃない……」


「う……ん。ね、男の子が生まれたら絶対のぜ~~ったいに、ママって呼ばせる予定だったの!」


「いや、お母さん? 圭産んでないからね? 産んでたら私と姉弟だから! あと1人称いきなり『ママ』になってて娘としてはキツイ……」


 雨音あまねを引かせる母親ってのも大したもんだと、感心していたら後部座席が閉じる音がした。


「お母さん。ばか言わないで。恥かくの私なんですから……」


 カサついた声で麻莉亜まりあは現れた。


 ニット帽をかぶり首はマフラーでグルグル巻き。マスクに冷えピタと完全装備。


麻莉亜まりあちゃん、ごめんね。大丈夫?」


「う……ん。正直しんどいです。インフルエンザじゃないのが幸いです。それでは圭ちゃん。お手間取らせますけど……」


「えっ?」


「嫁入り前の姉……沙世さよちゃんを預けるわけにはいきません。許嫁の私がご厄介になります。看病お願いできますか?」


 熱のせいか熱くうるんだ目で圭を見る。


 ***

「お母さん、いいの? 麻莉亜まりあまだ中学生だよ?」


 雨音あまねは吉沢家のリビングでせんべいを食べながら、ドラマを見ている母の背中に話し掛けた。


「ん……いいも何も、麻莉亜まりあが嫌だっていうんだからしかたないでしょ?」


沙世さよが圭とふたりになることが? 沙世さよと圭がどうにかなる未来なんて想像できないけど~~?」


 ぱりっといい音を立ててせんべいをかじる通称「ななちゃん」はドラマの邪魔をされたからなのか、麻莉亜まりあの判断のせいか溜息をついて首を振った。


「違うわよ。沙世さよの寝床が変わって、大事な試合前にコンディションが落ちたら嫌だって聞かないのよ、麻莉亜まりあが。ノンちゃん(圭の母)もそれがいいって言うし。ふたりにとっていい経験になるんじゃない? 人生初の困難をふたりで乗り切るんだから」


「そんなもんかなぁ……」


 圭と麻莉亜まりあの関係が両家の間で日に日に公認されていく様子にざわりとした感覚を雨音あまねは感じた。


(なんだろねぇ……この微妙な疎外感)

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る