第17話 忘れられない香りだと気付く。

「だから言ったじゃない」


 翌日の朝。場所は圭の部屋。正確には圭のベットの上で吉沢家長女雨音あまねは圭を跨いで仁王立ちで見下ろしていた。


 圭があまりにも起きないので雨音あまねは脚の指で脇腹をツンツンしていた。


「今日は……白のレースか」


「やるじゃん、当たり。あんたでよくわかるわね。ヘンタイも極めればここまで来るのね。有難く思いなさい、麻莉亜まりあにはあんたのヘンタイさは内緒にしてあげる」


 そんなことを言う雨音あまねだが、幼少期より圭を見下すことに快感を感じていた。同類ヘンタイ相哀れむ関係だ。ちなみにふたりの間には清い主従関係しかない。


「――で、雨音あまねお姉さまは俺に? おまえに提案された『海の見えるファーストフード』はもう暗くなるからやめた」


「まぁ、そこは。中学生の妹を遅くまで連れまわされたら心配だしね」


 雨音あまねはしゃがんで横向きに寝る圭の腰のあたりに座り頭を「わしゃわしゃ」と撫でた。圭は雨音あまねの雑に触る手を払いのけ「いつまで小学生気分なんだ」と悪態をついて見せた。


 私立蒼砂そうさ学園2年の吉沢雨音あまねは『泣きほくろの女神さま』と呼ばれる学園を代表する美女。しかしその中身は小学生気分が抜けきれない残念さん。


 圭の反撃で「あんなこと」や「こんなこと」があるかもとは考えない、いやないんだけど。

 

 なので調子に乗り雨音あまねは「くすぐり攻撃」に移行し「参ったか」「ここがええんやろ?」とか関西弁でいたぶった。


 もしこれが圭でなければ完全にご褒美だけど、小さい頃から事ある毎に「上に乗りたがる」雨音あまねに今更なにも感じない。いや、寒さとくすぐりに弱い圭にとってはマジ勘弁な状況だ。


「ねぇ、圭。チューしたげようか? 許嫁のお姉さまのチューよ? 背徳感マシマシでしょ?」


 怪しげな微笑で圭の肩を両手で押さえる。雨音あまねの顔が近づき「ある異変」に圭は気付く。


「待て、雨音あまね……お前昨日なに食った⁉」


「あら。残念だわ、もう気付いたのね? 実はあろうかと『康候軒』のニンニク増量特製豚骨ラーメンプラスニラを食べたの」


「お前、クリスマスに女子が食うもんじゃないだろ……サンタさん来ねえぞ?」


「大丈夫よ。だって私クリスチャンじゃないですもの。あと煙突もない」


 雨音あまねはかわいく肩をすくめた。会話の内容を度外視するなら度が過ぎたかわいさだ。いや、圭にとって雨音あまねの度が過ぎたかわいさは問題じゃない。


(――だと……)


『康候軒』とは最寄り駅の駅前にある「ニンニク強め」が推しのラーメン店。しかもその通常の量産型ラーメンですら「ニンニク強め」なのに、更に3倍国産にんにくをすりおろした「ニンニク増量特製豚骨ラーメン」にさらに匂いが増すニラをトッピング。悪魔のスタミナ素材と化していた。


 今頃、吉沢家はニンニク臭汚染が深刻化しているだろう……


 いや、お隣さんの心配をしてる場合じゃない! いままさにその悪臭の根源たる雨音あまねがこともあろうに「チューしたげようか」なる嫌がらせを口走っている。


 小さい頃から「酔ってないのにキス魔」な雨音あまね。圭が生まれてすぐに唇を奪っていた。


 なので、雨音あまね側に躊躇ちゅうちょはない。これっぽっちも。いや何よりイタズラ心で臭さマシマシにしてるのだ。


 ヤバい……このままでは「命的なもの」を取られる‼


 そう覚悟した圭の耳元で雨音あまねは囁く「でも残念。かわいい妹の許嫁さんですもの……流石にもう『ベロチュー』はダメよね」甘かった。雨音あまねのその言葉は単なる甘言に過ぎない。油断した圭の鼻先を「ぺろっ」と舐めた。ただ舐めただけじゃない。


 雨音あまねはあろうことか、圭の口元を両手で押さえ「あらあら、口が塞がったら『鼻呼吸』しかないわよね……圭。このまま落ちる? それともに包まれる?」


「くさっ‼ なにこれ⁉ そんじょそこらのおっさんより、おっさん臭してますが⁉ い、息が……マジで苦しい……」


「あら。相変わらずいいリアクションね。そんなに苦しいの? そんなにせつないの? でも安心して。私には『マウストゥマウス』があるから‼ ほれ!」


「『ほれ』じゃねぇ~~‼」圭の絶叫がご近所を駆け巡った。


 ***

「――で、朝っぱらから何? のためだけに来たのか? お前ホントに蒼砂そうさ学園で学年首位かよ……誰だよ『泣きほくろの女神さま』なんていうヤツは。おい、雨音あまね! 顔洗っても臭いんだけど?」


「圭。わたしね人の期待に応えるために生きてるんじゃないのよ。でも――『泣きほくろの女神さま』だったかしら? そういうのも演じないとなの。でもたまにすごく疲れちゃうの。だからあなたの「めっちゃいいリアクション」が生きる活力なの。麻莉亜あの娘にバラしたら、あなたのファーストキス私が2歳の時奪ったこと言っちゃうからね」


「そ、その時麻莉亜まりあちゃん生まれてないだろ? いやむしろオレ1歳だからな!」


「ふふっ、甘々ね。あの娘に通用するとでも? どうする? バラしちゃう? それとも今までみたいな『ズブズブの共依存』な関係続けない? どう、今日はお姉さんにないの?」


 雨音あまねの『教えて欲しいこと』という言葉に圭は激しく反応した。


 無言で立ち上がり部屋の片隅にある黒いリュックの中をごそごそした。その後姿を雨音あまねは楽しそうに頬杖ついた見てた。



雨音あまね。悪いんだけど『2次関数』がちょっとなんだ」


「ふふっ、いいわよ。いつもみたいに。パソコン使うわよ、例題を10個作ったげる。それであなたの苦手なところを割り出して、雨音あまねお姉さんが、あなたが満足するまでとことん」


 ん……? いや、違う。これは世間一般で言う「共依存」じゃない。


 だって「共依存」ってもっと不健全で逃れられない感があるハズ……『2次関数』は君たちちょっと「共依存」にカウントできないと思うんだけど……いや、まぁ朝から蒼い性のはけ口的な展開はないとは思ってたけど『2次関数』はないわぁ~~


「ありがと、助かる。相変わらず教え方うまくて感心する」


「どういたしまして。これくらいならお姉さんいつでも『』からね。さっきのは麻莉亜あの娘には『しーっ』よ? 怖いんだから怒ると」


「そうなんだ……怒らせるようなことしない選択肢があるだろ……ところで、なんか用か?」


「用?」


「いや、朝から来てるし『だから言ったじゃない』とか言ってなかったか?」


 雨音あまねは「あっ……」と小さな悲鳴を洩らし「ぺろっ」と舌を出して頭を「こつん」とした。なんだこのセクシー系なのにかわいい生き物は。


「ごめん、麻莉亜まりあ。朝から熱出してお母さんが病院連れてってる。それでしばらく沙世さよを預かって欲しいの、ダメ?」


(ん……壮大に話が見えませんが。なんで麻莉亜まりあちゃんが熱出して、沙世さよを預かるんだ?)


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