第16話 手が届くと気付く。

 帰宅直後。圭のスマホが振動する。画面を見てみると別れて数分の麻莉亜まりあからだった。女子と「お付き合い」した事がない圭にとっては新鮮な出来事だ。


『お風呂とか用事が済んだらお話ししませんか?』


『いいよ、連絡してくれる? それとちゃんとような?(笑)』


『笑えないです、セクハラです(プンプン)!』


 圭は素早く風呂を済ませリビングに立ち寄った。母親に「麻莉亜まりあちゃんとはどうなの?」と聞かれた。


 いつもの圭なら「まぁまぁ」と答えていたが「うん、いいよ」と返って来た返事に彼の母親は目を丸くした。


 切り分けられたクリスマスケーキとモスチキン、ウイルキンソンのペットボトルを小脇に抱え自室に向かう。別に家族と顔を合わすことが嫌とかじゃない。


 自室のこたつに潜りながら動画を見るのが圭の過ごし方だ。


 自室に戻るとこたつの上には、ミカンがいくつか盛られたバスケットが置かれていた。たぶん、いつ麻莉亜まりあが来てもいいように母親が置いたものだ。


 ミカンをひとつつかみ匂いを嗅いでみた。当たり前だが柑橘シトラス系の匂いがする。


 圭の中では柑橘シトラス系の匂いは吉沢家の次女沙世さよのイメージだ。沙世さよは好んで柑橘シトラス系のデオドラントを使っていた。


 長女雨音あまねは何かわからないがいい匂いがする。


 あまりにいい匂いだったので雨音あまねに尋ねたら『ドルチェ&ガッバーナ』の『ライトブルー』というものらしい。そんなこと言われても圭にわかるはずがない。


 だけど、雨音あまねからしたら圭が自分の香水に興味を持つこと自体驚きの驚きだ。


 麻莉亜まりあはわずかにシャボンの匂いがした。彼女らしい淡い香りだ。自己主張しない香りが麻莉亜まりあらしい。


 麻莉亜まりあと1日過ごした部屋で沙世さよっぽい匂いがするのも変な感じだ。圭は冷めたモスチキンをかじり、匂いの違和感を頭から締め出した。ちなみに圭は滅多にレンジでチンしない派だ。


 口の中が少しだけ脂っこい。ウイルキンソンのペットの蓋を開け、ミカンを半分口に含み炭酸を飲み込むと口の中がさっぱりとした大人の味で満たされた。


 ちなみにウイルキンソンは彼の母親がお酒を飲む時に割って飲む用だったが、こっそりと拝借した。もちろんアルコ―ルは含んでない。


 クリスマスケーキを食べようとしたが、スプーンを忘れたので手でつかんで食べることにした。


 こたつから出てまで行儀よくスプーンで食べたいかと言えば「ノー」だ。圭は寒いのが苦手だ。めんどいのも苦手。


 そうこうしている内に圭のスマホが鳴った。


(あれ……通話だ)


 てっきり「トーク」だと思っていた圭は慌てた。雨音あまね沙世さよと通話することはあったけど、麻莉亜まりあとは初めて。


(ラインだって交換したばかりか……)


『もしもし……圭ちゃん?』


 少しこもった声が圭の部屋にあふれた。麻莉亜まりあの声が少し上ずっていた。緊張してるみたいだ。初々しい。


『あの……私家族以外でライン通話するのはじめてかも』


『俺も。まぁ雨音あまねに付き合えと、沙世さよ宿はしょっちゅうだけどな(笑)』


『ホントにごめんなさいね、あのふたり圭ちゃんのことなんだと思ってるんだろうね。頼り過ぎだっての。ね?』


『頼ってるって言うか便利使い?』


『あぁ~~せっかく表現したのに台無しだ~~圭ちゃん、ところでビデオ通話しない? その……受験勉強前にと申しましょうか……ダメ?』


 圭はほんの少しのノイズを聞きながら『ダメじゃないけど、もっといいものがあるよ』と窓の外を見るように言った。


 はてなマークを浮かべながらカーテンを開くと窓越しに圭が手を振っていた。


『ホントだ……なんかすごい。手が届きそう……』


 お互いの家は隣同士。バルコニーを挟んでふたりの部屋がある。


『届くよ、来て』


 圭は小走りでバルコニーに駆け出し手すりに身を預けた。


「寒がり屋さんなクセして、風邪ひきますからね?」


 麻莉亜まりあはスマホをベットに置きカーディガンを羽織り同じようにバルコニーに出た。手を伸ばす圭の手をつかもうとするが届かない。


「流石に届きませんね……」


 吐く息は白く、鼻を赤く染めながら肩をすくめた。


「ちゃんと……」



! なんですか? 圭ちゃんはお兄ちゃんですか? 私思うによくないと思いますよ?『なんでも相談しろ』とか言ってる内に私が恋愛相談とかしだしたらどうするんです? すぐに『ごめん圭ちゃんの事お兄ちゃんとしか見れない』とかも、別れる時のあるあるですよ? ちゃ~~んと女子扱いしてください‼」



「わかった、気を付けるよ。じゃあ……今度からオレと会う時いいから」


じゃないです! セクハラ圭ちゃん!」


 麻莉亜まりあはワザと「ぷんすか」してみせた後、お腹を抱えて笑った。


(もったいないことして来たなぁ……私)


 引っ込み思案じゃなかったら、許嫁になるずっと前からこんな風に圭とじゃれることが出来たのにと。軽い後悔をしたが良妻賢母の切り替えの速さは半端ない。


「圭ちゃん。セクハラが過ぎるとお姉ちゃんに言いつけますからね?」


「えっと……言いつけるのはかな?」


雨音あまねお姉さまですけど?」


「あぁ……雨音アイツ精神攻撃してくるから、単純な暴力の沙世さよの方がいいんだけど。知ってるか? 最悪沙世さよは『下ネタ』使うと真っ赤な顔して逃げてくから」


「圭ちゃん……許嫁の姉に下ネタ攻撃しないでくださいね。将来必ず問題になりますから」


 良妻賢母は未来の旦那様をチクリと諭した。


「ほら、これ食べて受験勉強頑張ってくれ。是が非でも『圭先輩』って呼ばれたいからね」


 圭はこたつに盛られていたミカンをふたつ「ぽーい」と麻莉亜まりあに投げて渡した。


「うわっ……ありがと。でも食べ物投げちゃダメですよ~~罰当たりますよ?」


「ははっ、ごめん。でもやっぱミカンは温州みかんだよなぁ」


 圭は良妻賢母の小言を受け流すスキルを身につけた。これもまた夫婦円満の秘訣だ。


「まったく、青春してんなぁ……風邪ひくよ、まったく……まぶしいぜ!」


 カーテン越しに長女雨音あまねがくすりと笑いながらシャーペンを回した。そして翌朝長女雨音あまねの予言が的中することになる。
















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