第15話 ふたりだけの秘密に気付く。

 結局のところ「海の見えるファーストフード」は断念した。年の瀬の日の入りは早く、夕方を過ぎると一気に辺りが暗くなり始めた。


 よく知らない場所に年下の幼馴染を連れ回すにはちょっとどうなんだ? そんな気分が圭にあったし、麻莉亜まりあ麻莉亜まりあでお揃いのクリスマスプレゼント「エイのエイ太」が手に入ったことで十分満足していた。


 因みに圭のエイ太は水色を麻莉亜まりあが選び、圭は白のエイ太を麻莉亜まりあにプレゼントした。その時「やっぱり女子は白だよな」と意味ありげな発言をして麻莉亜まりあに軽く肘鉄を食らった。


 あくまでも圭は下着の好みで決めたようだ。その冗談を受け流す余裕は流石に良妻賢母と言うべきだ。


 幼馴染でありながら、あまり絡みもなく成長してきたふたりだが、これくらいの冗談を言ったり、膨れてみせたり出来る関係になりつつあった。


 ほんの僅かな期間に見えるが積み重ねてきた季節が違う。こうなるべくしてこうなったのだろう。


 それでも「ほんの少し」圭は気にしていた。


「三学期になったらすぐ卒業だな」


 話し掛ける息が白い。寒さで奥歯がカタカタとなりそうだ。三姉妹の幼馴染に囲まれ育った圭。自然と女子の扱いには慣れていた。


「ちょっと待ってて」


 道を挟んだコンビニに駆け込み、何かを買って戻った。


「これは……使い捨てのカイロ? 私のために……その……わざわざ?」


 圭は無理やりに近い状態で女子の扱いに慣らされてきたが、麻莉亜まりあは女子扱いされるのに慣れてない。


「圭ちゃん。こんなことまでされたら私困ります。圭ちゃん見てたら同級生の男子が全然気が利かない子に見えるじゃないですか!」


 軽く苦情風に言うが、麻莉亜まりあは良妻賢母的に「同級生の男子になんて、なびきませんよ」と安心させたかった。


 つまり北見弟のことだった。


 そして「ほんの少し」圭が気になっていることはそのことだった。


 年下の幼馴染に見透かされてると思うと圭は苦笑いするしかない。だけど、ここは幼馴染だという甘えも許されるだろうと本音を漏らす。


「卒業が近づくと焦ったりするだろ、もう会えないとか」


「圭ちゃんもそんな経験があるのですか? ふふっ」


 年下なのになんか年上の余裕を見せつける麻莉亜まりあに「別に」とねたような返事をして見せた。麻莉亜まりあ麻莉亜まりあで「拗ねないでくださいよ」と笑った。


「オレの場合は全然。そんな浮いた話もないし、オレ自身そんな気もなかったしな。まわりにそんなヤツがいたって話」


「私もですよ、だって私地味ですもん」


 誇らしげに胸を張る麻莉亜まりあの頬を軽くつまむ。麻莉亜まりあ「ひゃん! 圭ちゃん、なに? なんなの?」とジタバタと苦情を言う。取り乱すと良妻賢母は年相応の女子に戻る。


麻莉亜まりあはその……地味じゃないだろ、もう」


「圭ちゃん『もう』という部分がなんとな〜〜く引っ掛かります! えっ? いま私のことなんて呼びました?」


「ん? 普通に『麻莉亜まりあちゃん』だけど?」


 圭は少し意地悪な顔して笑う。


「うそです! うそつきです! いまちゃんと『麻莉亜まりあ』って呼びました、いえ呼ばれました! 言質取るのでもう一度お願い! あと、アラームの音源に……」


 両手をジタバタ振り回し、圭に要求する。このあたりは圭の方が年上の余裕がある。


「あれ? 麻莉亜まりあは欲しがり屋さんだなぁ〜〜」


「いや『さん付け』じゃなくてですね、呼び捨てを――」


 麻莉亜まりあの言葉を遮るように圭は麻莉亜まりあの頭をポンポンし「わかってる、麻莉亜まりあ」と呼んだ。


 麻莉亜まりあは被っていたベレー帽を脱ぎ「直にお願いします」と要求し「あと、圭ちゃんはほんとズルい人です、まったく……私がいないと将来ひどいズルっ子になり兼ねません! 私は見張り番です!」と鼻息荒く苦言を呈した。


「見張り番は――」


「ええ、同級生の男子になんてしてる暇ありません! 将来のがズルっ子になるかどうかの瀬戸際なんですから!」


「将来の……夫?」


「(かぁぁぁぁ!)は、謀ったな〜〜! け、圭のズルっ子! もう、離れてあげないもんね! ついでに北見先輩なんて『なんぼのもんじゃい!』です!」


 圭だけでなく、麻莉亜まりあもまた北見姉弟が気になっていたようだ。


 そして――


(い、勢いで『圭』って呼んじゃった……うぅ……私ったら……どうしよ)


 ***

「あ、雨音あまねちゃんも沙世さよちゃんも呼び捨てじゃないですか、そりゃ私だって『圭』って呼んでみたいですよ……」


 ほんの数分歩けばふたりの自宅が見えるところまで帰ってきていた。心配を掛けないように圭は沙世さよにラインでそのことを伝えていた。


「別にダメとか言ったか?」


「いえ……いざ呼び捨てにするとなると、その恥ずかしいと申しましょうか『なに許嫁になったくらいで調子こいてんだ』とか思われないかなぁ~~と、はい(てれっ)」


「思わないけど?」


「いえ、圭ちゃんではなく圭ちゃんを取り巻く環境にです。例えば北見何某なにがしさんとかに……」


 麻莉亜まりあは物覚えがいい。それは圭も知っていた。自己紹介された北見の名前が瑞葉みずはだと覚えていたが、そこは「それほど気にしてません」アピール。まぁ、逆にめちゃくちゃ気にしてる表れだ。


「じゃあ、ふたりの時だけお互いを呼び捨てにする?」


 提示されたのは考えようによれば玉虫色的回答だったが麻莉亜まりあには「ふたりだけの初めての秘密」みたいで胸が踊った。


「じゃあ、よろしく麻莉亜まりあ


「はい、こちらこそ……圭(てれっ)」






















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