第14話 好きかもと気付く。

 水族館に簡単なカフェ・コーナーがあった。自販機でカップの飲み物が飲める程度の簡単なスペースだ。


 その一角に座ってふたりは『あること』について議論していた。


 議題は『北見姉弟にヤキモチを焼くの? 焼かないの?』だ。


 まったくもってどうでもいい。


 もうそういうのは家でやって欲しい。誰か知り合いでも聞かれたら立派な黒歴史。


 しかし、残念ながら黒歴史渦中の人物はそのことに漏れなく気付かない。気付いていれば黒歴史なんて出来ない。そんなもんだ。その上なぜかふたりともノリノリだ。


「まず私からいいですか」


 小さく胸元で挙手する。黒歴史渦中にしては控えめだ。黒歴史建造中とはいえ良妻賢母の心得を忘れない。


「北見先輩のことですが『ですか』とたずねたい私がいます」


 両手を胸の前で組んで「きゅるん」な感じの麻莉亜まりあ。かわいさの攻撃的良妻賢母と言っていいんじゃないだろうか?


「なるほど『じゃあオレの言うことが信用できないのか』と答えるかものオレ」


 ふたり向かい合って「にっ」と笑う。


 そんな気はまったくないワケはないですよ〜〜でも思ってたらどうしますか? 面倒くさいヤツだと思いますか? 的な探り合いというか、遊びだ。


「でもそんなこと言われたら私は黙るしかありませんよ〜〜? それって『』になりませんか? ふたりの将来が心配な私です(うるうる)」


 もう、こうなればターン制のRPGなんだけど……昔から「バカも休み休み言え」とあるが、ホント休み休みにしてほしい。


 麻莉亜まりあはニコリとかわいく笑って圭の肩を払った。


「えっと……なに? ほこり?」


 麻莉亜まりあはカップのミルクティーを一口。そして――


「いえ、です。さっきを北見先輩が触ってましたので、しときました」


 なるほど……良妻賢母とはいえ、瑞葉みずはの馴れ馴れしい態度に内心「怒髪天を衝く」だった模様……女子怖ぇ……


 サッカーのようにVAR判定があったら、問題の瑞葉みずはとの接触時、麻莉亜まりあの額に血管が浮いていたことが判明するだろう。


 まぁ、水族館にVAR判定ないんだけどね。ちなみにVAR判定とは「ビデオ・アシスタント・レフェリー」の略称。


 まぁビデオ判定ですね~~どうでもいいですか、そうですか……(しゅん)


「クラスの中でだった、なんてこと後になって言われる未来が見えたり見えなかったり」


 ふふっとカップのミルクティーの表面を見ながら呟く「『バカ違うよ、アイツはただの……友達だから……そんな意識したことなんて……ないよ』と、で言い訳するオレの近未来(笑)」と圭は肩をすくめる。


 いや、圭。なんかスゲーな。今の笑いで返せないよ? ちょっと取り扱い注意な感じだからな?


 麻莉亜まりあはミルクティーを口に運び「安心しました」と。


 えっ? 今のどこに安心する要素があったのか不明だが、本人がいいならいい。


「圭ちゃんはヤキモチなんて焼かないの?」


 そう言いながら少し期待とチクリとした痛みを感じる。自分がヤキモチを焼いてもらえる存在とはまだ思えない。


「例えば放課後の廊下で――」圭は淡々と口にする。麻莉亜まりあは不安と期待、不安多めで耳を傾ける。


「吹奏楽部の練習する音が聞こえる渡り廊下で偶然北見君に出会う。教室で見かけるのと少し違った笑顔で君に話し掛ける『次の休み、どっか遊びに行かない』と……こんな感じ」


 こんな感じと投げっぱなしで圭は話を切り、コーヒーの入った紙コップを揺らす。気のせいかその仕草に「疲れ」が漂う。いや、そんな演出いらないんだけど。


 麻莉亜まりあは思わず身震いをし「圭ちゃん……それ、北見君のトコ圭ちゃんに置き換えていいですか?」上目遣いで顔が真っ赤だ。


 いや何、これ「ヤキモチ焼くの焼かないの?」だったよな? 完全に北見姉弟にして惚気のろけてない?


 いや、確かにバカップルには北見姉弟はいいスパイスだけどね?


「私決めました!」麻莉亜は唐突に宣言する「もし合格したら学校では圭ちゃんのこと『圭先輩』って呼びます‼」


「圭先輩……?」


「はい、なんかよくないですか? 微妙に親近感ありませんか?」


「ある! あの、麻莉亜まりあちゃん。その……1回呼んでみて」


「もう、の……ばかぁ」


 いや、バカはふたりだからな! どうすんだ、水族館でそんなに惚気のろけたら、水槽の水が全部温水になるだろ!


 なにこれ『水槽が温水になるほど恋がしたい』の映画PVだったりしないよな? 80年代か?


 ***

 その頃。こちらは北見姉弟。両親は買い物に行くということで、自宅の最寄り駅で降ろされ徒歩で家路につく。


 姉弟とはこれほど会話のないものか。


 といえ、理由がある。先程の「許嫁宣言」だ。年頃の男子にはそれなりにダメージがあった。北見弟に恋心がないと言えばウソになる。


「あの娘って吉沢沙世さよの妹だよね……確かもっとじゃなかった? その……目立たない感じの」


 直接面識はないものの小中と同じ校区なので見覚えがある。姉ふたりのインパクトが強すぎるのと、麻莉亜まりあ自身地味に極振りしていたから仕方ない。


「2学期の終わりまで地味な娘だった……」


「冬休みにあったんだ……女は男で変わるもんね~~」


「な、なんかって何⁉ なんだ、その知ったかぶり」


「『』よ。地味を卒業したくなる『』まぁ、明らかにだろうけど。なに、あんた吉沢の妹好きだったの? 御愁傷様〜〜」


 北見瑞葉みずはは手を合わせ合掌した。


「べ、別に好きとかじゃ……ないけどさぁ……なんか……


「まぁね〜〜『許嫁いるから恋愛対象外』って言われて『はいそうですか』にはならないよね~~わかるちゃあ、わかる」


「そ、そう言う姉ちゃんはどうなんだよ、あの川守……さんってひと」


「えっ、私? 私は……別にってか、ほら小中と一緒で仲よかったよ? 挨拶とか普通にするし、クラスも何回か一緒になったし、修学旅行の班も同じだったし〜〜帰りだって一緒に駅まで行ったり……何人かとだけど……」


「それで?」


「それでって、悪い? そりゃ〜〜川守圭はイケメンとはいかないけど、まぁ……何ていうかっていうの? 身長も172くらいでちょうどいいし……性格はほら、昔から知ってるから……でもなんか、きっかけがないっていうか……いや、さっき水族館で見たとき『これきっかけかも!』とか露骨にテンション上がったっていうか……ははっ……」


「姉ちゃん……何気に川守さんのことよく知ってるよな……身長とか正確過ぎん?」


 北見姉は弟相手になに言ってんだろと長いため息を吐いた。


「「ほんとなに……」」


 恋愛のチャンスはいくらでもあったはずの北見姉弟。姉弟はそろって失恋記念日を迎えたのだった。





















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