第41話 溜息のワケに気付く。

「はじめまして。私は早乙女女学院サッカー部監督の新山です。蒼砂そうさ出身よ、つまり君の先輩。だけどね? 川守圭くん、後半の指揮はあなたが執ったと聞きました。いいコーチングでした。私の記憶する限り4失点ははじめて」


「偶然です。それにそれは小林監督が育成した選手だったからだし」


「そう? そうね。謙虚さも大切だわ。ん…とね。実は私はあなたの先輩に当たるのね。その、私の場合怪我だった。怪我で選手としては終わったの。そうね、不完全燃焼の先輩(笑) 冗談はさて置き、その今でも残ってるの、何ていうか残光みたいなのが『あの時もっと出来たんじゃない』とか『あーだとか、こーだとか』そういうのがね。だから実はこの話はしたくない。それは君のためとかではなくて、まだ痛みがあるの、心にね。だから、自分のためっていうかなぁ。正直今でも悔いが残ってる。だからあまり触れたくないし、触れられたくない。だけど、こういうことを言うのは好きじゃないけど、言うことにしたの。先輩として、まだ悔いを残してる者として。いい?」


「はい」


「川守圭くん。残酷だけど区切りをつけなさい。サッカーが人生のすべてじゃないなんて言えない。いえ、私にとっても、ここにいる子達にとっても、もちろんあなたにとってもだと思う。まったくもって道半ばだと思う。こんな私でもまだ道半ば感ある。でも、プレイヤーとしての区切りはいつか来る。それがあなたにとっては残念で残酷だけど早かった。信じられないくらい早かった。その苦しみや悔しさは言葉では癒せない。ただ、あなたも私達もフットボーラーなの。あなたが得た経験知識、今感じてる悔しさ苦しさを伝える側に回りなさい。今日ここで区切りをつけて、指導者としてフットボールに関わり続けなさい。これは私のなんていうか願いです、もし小林監督が嫌なら私のところに来なさい。一緒に全国制覇しましょう!」


 圭は小さくため息を付き肩をすくめる三姉妹をゆっくりと見る。

 沙世さよは隣に座り体育座りのまま顔を見せずに泣いてた。

 雨音あまねは歯を食いしばり天を仰いだ。涙がこぼれ落ちてしまわないように。だけどその努力は虚しく涙はこんこんと溢れ落ちた。

 麻莉亜まりあだけは目を真っ赤にしながらも泣かないでいた。泣いていい時じゃないと自分にきつく言い聞かせ耐えた。


「お誘いはありがたいのですが」

「なに? 私の方が小林監督より最先端のサッカーに精通してるわよ、設備だってうちは申し分ないし」

「いや…早乙女って」

「うん」

「女子校ですよね?」

「あっ…」

『あっ…』じゃねえよ! と思いながらも主だったものは『あっ…』みたいな顔していた。早乙女女学院。女子校だと忘れられていた。


 ***

「フレンドリーマッチはいつもはC戦(1年生リザーブメンバー)なんだけど、レギュラーメンバーで行きます。これは川守圭くんの引退試合になります。とはいえ、お互い手を抜かないこと。そういうのは川守くんに失礼だから。20分ハーフで、わかった?」

 両校の生徒は新山の声に返事をし、アップに入る。


「圭。どうしよ、私のジャージと半パンに着替えるのはいいとして、スパイクよね…ソックスは私のホーム用の使って。今日は履いてない」

 沙世さよは甲斐甲斐しく圭の世話を焼く。圭の足のサイズは26.0。このサイズの女子はいなかったので、借りるわけにもいかない。

「まぁ、スニーカーでいいや。ないもんは仕方ないし。多少滑るだろうけど」

「ん……仕方ないか。でもケガ、気を付けてね」

 その言葉に圭は曖昧な返事をした。ケガをしたから、いや、しなかったからどうなる? どうせ思い通り体が動く時間は限られている。そんな自暴自棄な言葉を圭は奥歯で噛み潰した。動けないのは沙世さよが悪いからじゃない。


「圭。これ」

「ん?」

 圭は沙世さよに借りた短パンとジャージを手に、着替えに行こうとしたところ雨音あまねに呼び止められた。いや、小ぶりなボストンバックを胸元に押し付けられた。


「ごめん。私が隠してた」

「隠してた?」

 圭は小首を傾げながらボストンバックのファスナーを開けた。開けてそれが何かすぐわかった。濃紺の布地。忘れることが出来ない圭の中学時代のユニフォームとスパイクにソックスとレガース(脛あて)だった。

「そっか、やっぱし雨音おまえが持ってたのか」

「うん。嘘ついてた」

雨音あまねちゃん⁉ 雨音あまねちゃんだったの⁉ わかってるの? 自分が何したか‼ 圭、ユニフォーム無いから地区予選、中学最後の地区予選出れなかったんだよ? 圭が出られなかったから地区予選で敗退したんだよ⁉」


沙世さよ。だからなに? あんた忘れたの? その頃にはもう圭の肺に持病があるって診断されてたじゃない! なのに何? サッカー部の顧問もサッカー部の連中も圭ありきで! あんたもそうよ! 何が県大会よ! 何が全国よ! 圭抜きじゃ地区予選も突破できないチームじゃない! おんぶにだっこ! 1試合、2試合なら出れたかも知れない。でも、3試合目、4試合目に『出れない』って言える空気? その時あんたは身を張って圭を庇えた⁉ 嫌われる勇気あった? 無理よね。あの時はあんたも圭を選手としてしか見てなかった。私は別にいいの、圭がサッカーが出来ようが出来まいが、変わんない。私は圭に生きてて欲しかった。無理させて死なない保証なんてない。圭に嫌われてもいい。私の願いはシンプルよ、ただ圭に生きていて欲しかった。それは今も変わらない」


(なんでコイツはいつもこうなんだ。なんでわざわざ嫌われようとする。そうやって頼まれもしないのに重てぇ荷物背負いこんで、オレはどうやって雨音おまえのこと諦めたらいいんだ。答えがあるなら教えて欲しい)


 圭は深い溜息をついて口を開いた。














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