第42話 胸に秘めた思いに気付く。

沙世さよ。今となれば雨音あまねが正しかった。雨音あまね悪いな、いつも悪役ばっかで。沙世さよ、お前気にするから言ってなかったけど、あの後、地区予選敗退後サッカー部で『戦犯探し』が始まった」


「えっ、戦犯探しってなんの」


沙世さよちゃん、それたぶん地区予選敗退のだよ…それきっと圭ちゃんが戦犯にされたんだよ。酷いね、誰も好きで病気になるわけないじゃない…悔しいね…」


「でも…そんなの私知らない…その…圭の勘違いとかじゃ…」

 口を挟みかけた雨音あまねを圭は指先で止めた。これ以上はいくら姉妹でも深刻な亀裂を生む。圭は出来るだけ明るめの声で言った。吹っ切れたように見せたかった。


「うん。そうかもなぁ。ただ、全員に」

「ブロック⁉ 圭、それってラインを? 全員てサッカー部全員⁉」

「全員じゃない、だ、

「なんで言ってくれなかったの、そしたら私から――」


「口挟んでごめん。吉沢。それ無理だわ、きっとそれ知ったらあんた頭に血がのぼっってたでしょ。そしたら川守圭の仕事が増える、頭を下げたくない人間にまで頭下げないとでしょ。吉沢のために。何よりどうでもよくなったんじゃない、そいつらの事。川守圭もさ、言ってくれたらいいじゃん『ブロックされた~』なんて嘆いてないでさ! 蒼砂そうさ学園女子サッカー部何人いると思ってるの? ブロックされた何倍もID集まるっての! しかもだよ? JK! あっ、でも『この間の試合でしてたヘアバンと今日してたのとどっちの色が似合ってる?』とかバカみたいなライン50人から来るからね? ひいきしないで返事しないと女子怖いからね? ちなみに今日の私のピンク、どうかなぁ?」


 姫乃ひめのが援護射撃でワザとおどけて見せた。空気を変えないと、息が詰まる。そんなつもりなんだろう。過去に囚われても仕方ない、今を大事にしないと。姫乃ひめのからしたら、圭は既に仲間なんだ。仲間は過去も含めて仲間なんだ。


 圭は捨て猫のように神経質な視線でピリピリした雨音あまねの頭を雑に撫でた「なによぉ」と言うものの、離し掛けた圭の手を掴んで「もっと撫でなさい」と睨みながら要求した。ちょっとかわいい。


沙世さよちゃん、ねぇ? このままじゃ…よくないよ?」


 麻莉亜まりあ沙世さよを孤立させないように立ち回る。こんな時でも良妻賢母は怠らない。妹に差し出された手を払い除けるだけの気持ちは沙世さよにはなかった。麻莉亜まりあに付き添われ、手を引かれて雨音あまねと圭の元へ。


「圭。雨音あまねちゃん。ごめん、結局いつも私、ダメなんだよ。何にも見えてない、何にも気付けない。気付いてあげられない。今だって小林キャプテンや麻莉亜まりあに言われなきゃ謝ることも出来ないんだ。半人前っていうか、もうダメダメだね。雨音あまねちゃん、ごめんなさい。いっつも色んな事してくれてるのに気付いてないだけじゃなくて、腹立てたりで、ほんと私、最低」


「そうね。ホントお姉ちゃんなんて損な役回りよ、わかった。いいよ、お姉ちゃんなんだし? 小林さんの手前許す。はいはい、水に流そうじゃないですか! でも、この圭の引退試合終わったら圭のユニは私貰うから。その権利はあるはずよね、圭?」


「別にいいけど、汗かくから嗅ぐなよ?」

「女子か! 嗅ぐに決まってるじゃない。多数決取ろうか? バレなきゃ、嗅ぐはずよ。! それはさて置き、少し機嫌なおしたげる。あとあのクルクル回るのやって」

「クルクル回るのって…えっ!? いや、オレブランク半端ねぇんですけど? 丸1年サッカーやってないんだが? もう、似非えせフットボーラーなんだが?」

 雨音は「わかったわかった、そうやってやる前から予防線を張ってさ、情けない子だねぇ」とお姉ちゃんモードからの耳元でささやく。

(圭。もし『クルクル』でゴール決めれたらさ)

(決めれたら?)

いいよ)

(愛してあげる? いや、めっちゃ上からなんだけど?)

(なに? 自信ないの? それともアレか。失敗したとき「オレ別に雨音あまねに愛されたいワケじゃないし」とかで逃げるんだ? そうやって言い訳ばっかの人生送るんだ? 踏み出そうとしないんだ? そんな人生つまんなくないの?)

 こうして圭は雨音あまねから謎の煽りを受け、圭の引退試合を兼ねたフレンドリーマッチに参加することになった。


 麻莉亜まりあはその様子を何も言えずに見ていた。

(圭ちゃんに区切りが必要なのはわかる。わかるけど、それってどうしても今日なのかなぁ…圭ちゃん私の看病とか、ここまでくる移動で疲れてるハズだし…でも言えない。止めるなんて出来ない。やめてなんて言えない。見守るしかできない…)


 麻莉亜まりあとは打って変わって――


(何気に私、誤爆された気がする……)

 カルロスこと神崎俊紀としき『11番』はその他大勢の前で匂いフェチを暴露された。

(そりゃ、嗅ぎますよ、そこに脱ぎたてのユニがあるのなら)

 否定する気などまったくないカルロスだった。


 ***

「吉沢。私の中の川守圭のプレースタイルは小学時代のクラブチームのまんまなんだけど」

「んん……基本大きく変わってないです。攻撃的な場所ならたいがいこなせます。かさならないようにだけして貰えばOKです」

「利き足、どっちだっけ? どっちでも打てるイメージしかないんだけど」

「基本右です。でも、どっちでも打てます、

(うわぁ……なにこの。私に対してないやつだ。いや、吉沢って私のこと川守圭と比べてるからなの? 突っかかってくるのは? なんだ、それじゃこの試合で川守圭よか目立ったら、私のが上だって証明できんじゃん! ふふっ、この試合で吉沢ワンコの信頼を勝ち取るわよ!)

 小林姫乃ひめのは変な闘士をこっそり燃やした。

 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る