第40話 共学との格差に気付く。

「秋月。人のスマホで検索しない、なに調べてんの?」

 キーパー宇部うべは自分のスマホを取り返しに来て秋月蛍の調べてるワードを見た。


【ステディ】――『決まった特定の デートするただ1人の異性の交際相手を指した言葉』


【許嫁】――『婚約者。フィアンセ。幼少の時から双方の両親が婚約を結んだ関係。またその当人同士のことを指します』


「う、宇部うべ……許嫁ってなに? 国の制度? 申請したら私も貰えるやつ? (震え声)」

「何言ってるの、こんなの普通よ(諸説あり)」

「あっ、すみません! 。ちょっと、ツレに深呼吸させるんで黙ってて貰っていいですか? このままだと、過呼吸とか起こしたら大変なんで」


 宇部うべは雨音に申し訳無さそうにお願いする。思いのほか秋月蛍のダメージが大きい。いや、見渡すと早乙女女学院全員何らかのダメージを受けていた。編入生はいるものの、殆どが幼稚園児からの女子校。周りには家族以外女子しかいない環境で育ってきた。ステディや許嫁や彼氏など、天上人のための言葉かネットスラングだと思っている。いやスクリーンの中だけの出来事だと思っていた。

 そんなダメージを食らった早乙女女学院をよそに沙世さよ麻莉亜まりあの手を握る。


「大丈夫なの? 熱下がったの?」

「うん、ごめんね。心配掛けて」

「それはいいんだ。やっぱ、だったんだ。めっちゃ身長伸びて、かわいいは卒業したね、もう美人さんだよ」


「そんなこと、まだまだ、沙世さよちゃんほどじゃないよ~(笑)」

「あの、お取り込み中のところ悪いんだけど、吉沢。だれ?」

「えっ、妹と姉ですが? キャプテン」


「いや、吉沢さんは知ってる。同じクラスだから。妹さんなんだ……つまり吉沢は遺伝子と遺伝子の『』に当たるのね。残念明日があるさ」

 ちなみに姫乃は沙世に突っかからないと収まらない遺伝子があるらしい。まぁ、ピッチ外なのでこの辺りは沙世さよの方が大人だ。沙世さよが熱くなるのはピッチの中だけ。

 それに雨音あまね麻莉亜まりあが自分より遥かに美人だと思ってたので腹も立たない。いやむしろ今更なに言ってだという気分。実際は沙世も相当美人の類に入る。ちょっとふたりとはタイプが違う。

「あ、雨音あまねちゃん、麻莉亜まりあ! 勝ったよ、勝った! 私2ゴール!」

「そうなんだ、スゴイじゃない、相手全国第三位でしょ? パないじゃない!」

「おめでとう! 頑張ってたもんね、沙世さよちゃん!」

「ありがと、でさ! 前半負けてたの!『3―0』で! でね、後半指揮を執ったのが――圭です!」


「えっ、そうなんだ……」

 雨音あまねは複雑な顔をした。こういうのうまく誤魔化せるタイプなのに、うまく出来ない。うまくやろうとすればするほどうまくいかない。雨音あまねは肩に掛けたボストンバッグを握りしめる。その手は僅かに震えていた。


(しゃーねぇなぁ…)

 それを察した圭は助け船を出す。不器用で負けず嫌いの年上の幼馴染にそっと手を差し伸べ、笑いに変える。

雨音あまね。決勝点は『カルロス』パイセンなんだ」

「えっ、マジ⁉ カルロスあんたサッカー出来たんだ……『11番』じゃないんだ。っていうか『カルロス呼び』解禁したの? 心境の変化? 悩みがあったら聞くわよ、有料だけど」

「もう! ! あまちゃんのがバラしたし! 心境の変化? いやいや、あまちゃんのに追い込まれただけですけど、悩みはあるけど、有料なの? それでも親友なの? 親友って思ってるの私だけなの?」

「えっ、圭ちゃん。雨音あまねちゃんの『いい人』なの⁉」

「あの! すみません!川守って『泣きホクロの天使さま』のなんですか⁉ いや、許嫁さんとかいるって、これ内緒な感じなんですか?」

「あの、田中先輩。食い付き過ぎ。つぎのメンバーから外しますよ?」


「はぅ⁉ 外す⁉ マジかよ、パワハラじゃね? ってか先輩って君さっきから言ってるけど同じ年だからね? えっ、なに? 老け顔とか言ってるならそれなりの制裁カマスわよ! 根拠言いなさいよ、根拠!」

「いや……同級生に有るまじきかな……ほら、なんかすぐそうやって投げようとする! ちょっとはウチの麻莉亜まりあちゃんを見習ってほしい。大体そんなの投げたら渡辺さんみたくBチーム行きですよ?」

「川守圭。それイジれるほどアンタと仲良くないんだけど?」

「渡辺さん。そんな遠くからの独り言デカ過ぎです。独り言、ロングフィードし過ぎ。かまってちゃんですか?」


「ごめん。なとこ悪いんだけど、話戻していい? どうなの川守圭。茶化すってことはホントなの?」

「なんなの? それ答えないとなの? なんでにそんなこと答えなきゃなの? 大体言ったわよね、私、。それでよくない? なんで圭にそんなこと言わせんの。必要ないでしょ」

「『見ず知らずの秋月』って斬新よね、それでそのどういった……」

 キーパー宇部うべが意外に高いコミュニケーション力を発揮し間に入る。

「すみません、姉です。吉沢雨音あまね。私は妹の麻莉亜まりあです。その……蒼砂そうさ学園の『9番』吉沢沙世さよの姉妹で圭ちゃんの幼馴染です」

「幼馴染で許嫁なわけなの?」

「はぅ⁉ け、圭ちゃん‼ ど、ど、ど、どうしたものかと! 個人情報の取り扱い!」

 成長した麻莉亜まりあだったが、仕草、行動は前のまんまだ。顔もおもしろいくらいに真っ赤。圭はポリポリと頭を掻いて少し息を吐いた。

「そうですよ、かわいいでしょ?」

「け、圭ちゃん⁉ ば、ばかぁ…もう……(てれてれ)」

「あっ、すみません。川守くん。そういうの控えめにして貰っていいですか? こんな師走に受け入れてもらえる病院そんなにないんで」

 早乙女女学院の選手何人かから魂が抜けかけていた。


「その…あなたは誰です。いや、吉沢さん『9番』のお姉さん、その川守圭の許嫁のお姉さんってのはわかりましたけど、なんか? いや、なんか、なんだろ、めちゃくちゃ鼻につく! しかも、なに?『泣きホクロの天使さま』とか呼ばせてるの? 自称? 痛いんですけど…」

「秋月。あの、吉沢さんの肩を持つわけじゃないけど、誰が自分のこと『泣きホクロの天使さま』なんて呼ばせる? 見てみ、普通に呼ばれそうな感じだろ、負けを認めろ」

宇部うべ! そこ認めたら駄目でしょ! 認めたら負け確でしょ! タダでさえヤツラは共学なのよ? 共学ってだけでリア充なのよ!」

 早乙女女学院の死屍累々の上に立っているのは最早秋月蛍と宇部うべだけだった。


「そうですよ。だいたい合ってます。とはいえ、別に手術とかしないとでもないし、普通に生活も出来る。体育だってそこそこならやってます。ただ、フルで前半ももたないくらいのことです。そんな交代ありきの選手いらないでしょ。まぁ、そんな感じですね」

「ごめんね、この娘悪い子じゃないんだ。その…たぶん心配してだとは思う。だけど、デリカシーがないよね。うん、私が代わって謝る。あとでちゃんと説教しとくから」

「別に宇部うべが謝ることじゃないよ。わかってくれたらいい…」

「えっと…あのお姉さんが了承することでもないですよね……ははっ」

 なぜか雨音と宇部うべの間で和平合意が成された。







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