第39話 自己主張だと気付く。

「なんなの、これ!」


 早乙女女学院キーパー宇部うべが吐き捨てるように自分が見ていたスマホをキャプテン秋月に差し出す。宇部うべがピッチ以外で感情を出すのは珍しい。彼女は冷静沈着な女子だ。いや、おしとやかと言っていい。

 秋月は差し出された宇部うべのスマホの記事を見る。記事というより誰かが書いたブログのようだ。


「なによ、ん……?『ナショナルトレセン辞退は持病か?』って、宇部うべこれなに?」


「いや、さっきから蒼砂そうさの子たちが『川守圭』って連呼するから、何となく聞いたことあるし、調べてみた。あの男子、だよ、聞いたことないか?」

「川守……圭? あるよ、弟が同じ歳で『めっちゃうまいけど最近聞かない』って言ってたけど? アイツなの? 女の子とイチャイチャして練習怠けたから下手になったんじゃね? モテ期なんて都市伝説よ、きっと」


「秋月、ちゃんと記事読め『肺に持病がある』って書いてるだろ」


「ほんとだ……書いてるね。ん……ねぇ、宇部うべ。川守圭って超うまいんだよね、ナショナルトレセン呼ばれるくらいなんだから。なんで、そんな子が肺に持病なんて持たないとなの? それって冷静に考えて、出来ないよね? サッカー。宇部うべ。私長い事やってるよ、宇部うべもだけど。サッカー。サッカーなんて才能だけじゃどうにもなんないよ? 死ぬほど努力して努力しても? そうなんだね、あの子。もう、サッカー出来ないんだ……なんか、かわいそうだね」


 秋月はべそをかくように目を真っ赤にして我慢した。知りもしないのに泣くなんて失礼だという気持ちだけで我慢した。自分の弟と重ねて「泣いちゃだめ」だと思った。同情なんて自分だったら欲しくないと思うから。かわいそうだと言ってしまったことを後悔した。使っちゃいけない言葉に思えた。


 ***

「あのバカ」

 早乙女女学院キーパー宇部うべは「ちょっとトイレ」と消えた秋月が、いくらなんでも長過ぎると探してるとあろうことか、いやどっかで想像してたが座っている圭の背後に無言で立っていた。


(ムリムリムリムリ!)

 割って入ろうと思ったが秒で諦めた。早乙女女学院。幼稚園から大学までの完全女子校。男性と言えば定年間際の教師しかいない。同年代の男子と接する機会なんて皆無だ。

 キーパー宇部うべは秋月の行動を見て見ぬふりすることにした。


「えっと……なんですか?」

 声を掛けたのは沙世さよだった。いや、ほぼ圭の背中に引っ付いてんじゃないの? みたいな距離まで詰めていた秋月に声を掛けない選択肢はない。いや、声を掛けたのも圭のアイコンタクトで助けを求められたからだった。


「始めまして川守圭。私は早乙女女学院2年B組秋月蛍。得意教科は世界史よ」


沙世さよ。どうしよ、なんか自己紹介されたけど)

(うん。今日クラス変えじゃないわよね……得意教科とか言われても……はっ⁉ これってなんか揺さぶりかけて仕掛けてくるヤツじゃないの? フェイントよ! もしくは歴女アピール?)

 ん……? それはないだろと常識人の圭は思った。試合中じゃあるまいし。歴女はあるかもだが。とはいえ何も言わないのは気まずい。圭は秋月蛍のプレーについて触れることにした。


「秋月さん。後方でのボールキープ上手いですね、すごい練習量なんでしょ。それに視野も広い」


「そんなことはどうでもいいわ。でも、褒めてくれてありがと。うちの監督すぐ怒るし、周りは出来て当たり前って思ってて。ちょっとモタツイたら舌打ちするし……キーパーの宇部うべって言うんだけど、ほら、あそこで『また余計なことして』みたいな顔してる娘。なんか、アイツ要求細かいの。もう、やんなっちゃう……ねぇ、ど、どんなとこが良かった? あっ、後半早々のあのシーンは――って、!」


 圭は瞬時に理解した。クールに見えて実はポンコツ。しかも出来る子なのに自己肯定感低め。

沙世さよと同じ匂いがする……)


 圭は心底ヤバいと思った。こんなのひとりでも十分手を焼いているのに、これ以上知り合いにこんなのが増えたら堪らない。タダでさえ、女子サッカーはを持った強者揃いだ。出来れば「間に合ってます!」で逃げたいところだ。


「川守圭。この記事のことホントなの」

 秋月蛍は宇部うべのスマホを腰に手を当てながら突出す。圭はチラッと画面を見て「例のブログ」だとわかった。頼んだわけでもないのに圭の持病を記事にしていた。プライバシーもなにもあったもんじゃない。


(どうしたもんかなぁ……)

 実際のところ適当なことを言って誤魔化してもいいのだけど、半分は蒼砂そうさ学園の生徒だ。クラスメイトの船頭せんどうもいる。下手なウソはちょっとつけない。笑って誤魔化すのもうまく行きそうにない。

(仕方ないか……別に内緒にしてることでもないし……かと言ってオープンにしないとなのか?)

 躊躇というか、戸惑いがあった。しかしその圭の心をくんだのか、思いもよらない方向から思いもよらない声が響いた。


「そうよ、だからなに? 別に誰にも迷惑かけてないけど。っていうか?」

 突然現れた私服の女子が不機嫌そうに答えた。

「誰って、あなたこそ誰です?」

「私? 私はそこのうだつの上がらない、なんだかなぁな顔したですが?」

 突然現れたのは吉沢雨音あまね。つんと突き上げた形のいい唇と、いい感じに見下げた表情で圭を見た。

「あ、雨音あまねちゃん⁉ あの、、いくらなんでも、その…い、の前ではどうなんでしょう!」

麻莉亜まりあ…ちゃん⁉」

「はい、麻莉亜まりあです! ははっ、圭ちゃん。なんか来ちゃった」

 雨音あまねの背中からピコンと頭だけ出して照れくさそうに良妻賢母は笑って手を振った。








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