第38話 思い出したことに気付く。

 センターFWフォワード神崎俊紀としき『11番』2年生。少しジェンダーレスな名前だが女子だ。性格は温厚でピッチ以外ではいつも眠そうな顔をしていた。髪は絹のように滑らかで細く、深く濃いい光沢のある黒髪だ。吉沢雨音あまねと仲がよく、その絡みで圭の家にも来たことがあった。


 圭の家には遊びに来たと言うより雨音あまねが用事で圭のところに一緒に来たくらいの関係。それでも一応顔見知り。そんなこともあり、雨音あまねしか呼ばないあだ名みたいなのも知っていた。


「ナイス判断! 先輩‼」


 イイ感じで自陣のベンチに凱旋してきたFWフォワード神崎俊紀としき『11番』ピッチ以外では、眠い顔が売りの高校2年生。圭から「カルロス呼び」されるまでは優雅な足取りだったが、神崎は慌てて圭の口を両手で塞いだ。勝利の立役者のハズが取り乱しっぷりが半端ない。


「ねぇねぇってなに?」

「神崎先輩のことじゃないの?」

「そう言えばそこはかとなく『』あるよね~」

「じゃあ、勝利を祝し、神崎のことこれから『カルロス』な?」


 そんなこんなで、神崎俊紀としきが最も恐れていた『カルロス』呼びが10数年ぶりに早乙女女学院に勝利した記念すべき日に女子サッカー部に広がった。


(ふんだ、私のFKフリーキック取るからよ)

 姫乃ひめのは黙認することにした。割と根に持つタイプらしい。いや、軽くいじけている。


 ***

 試合後の挨拶を終え、両校はリラックスムードだ。数ヶ月おきに対戦する両校の選手同士もう顔なじみ。しかもこの後は主力の参加しないフレンドリーマッチ。位置づけ的には「C戦」1年生のリザーブメンバー(補欠)が主体となった交流戦を残すのみ。ただ、フレンドリーマッチなので、出たい選手はレギュラーでも出る感じだ。時間も20分ハーフと短い。


姫乃ひめの。一緒に来なさい」


 小林姫乃ひめのは固まる。声を掛けたのは彼女の父親で監督。グランドではいつも「小林」と呼ばれていた。もしかしたらグランドで名前を呼ばれたのは始めてかも知れない。それくらい公私混同しない監督だ。


「あの……監督、いま――」


 駆け寄り後を付いて歩く姫乃ひめのが「間違って名前を呼んだ」ことを指摘しかけたが「少しセンチメンタルなのかも知れない」とだけで、姫乃ひめのの納得いく答えではなかった。


 向かう先は方向で何となくわかった。早乙女女学院のベンチだ。両校の選手は交流を兼ねグランド沿いにある木陰で水分補給をしている。早乙女女学院のベンチには白いミズノのキャップを被った、ほっそりとした体形の女性が立ってタブレットにメモを書き込んでいた。


「今日はやられました、小林監督」


、だろ。新山。何年も辛酸しんさんめてきた。たまにはいいだろ。しかし、相変わらずいい球回しだ。更に進化している」

「はい。そのつもりでしたが、やられました。しかし、今日みたいなやり方監督らしくないですね、こういう戦術お嫌いでしたが」

「後半の指揮はお父さん……すみません。監督じゃないです」

姫乃ひめのちゃん。あなたのカット、よかったわ。前半と段違い。ということは、あなたがピッチ内で指揮を?」


 姫乃ひめのは首を振り父の顔を見た。監督の小林はどう言おうか少し考えたが、やめた。考えた言葉ではなく頭に浮かんだ言葉で話をしようと思った。


『早乙女女学院』監督新山は蒼砂そうさ学園出身。小林監督とは師弟関係だ。少しの行き違いでライバル校での指揮を執ることになった新山。交流はあるものの、その頃のわだかまりがないと言えばウソになる。


「新山。を知っているか」

「川守圭ですか。もちろん知ってます。彼のプレーは何度か見る機会もありましたし。いい選手でした。その後の事も聞きました、残念です」

「うん。その川守圭が今日の後半の指揮を執った」

「先生のところに川守君がいるのですか。では彼は指導者の道を?」


「どうだろう。私はそうすべきだと思っている。例え体が十分に動かせなくても、フットボールに対しての情熱は簡単に消えない。そのことはお前が一番知っているだろ」


「えぇ……まぁ。でもなんというか『くすぶる』感情がないワケじゃないので、あまり触れて欲しくないですね」

「うん。だからこそお前に頼みがある。これからするフレンドリーマッチ。川守圭を出す。選手として」


「そうですか。先生はですね。どうしてですか、いいじゃないですか、見たくない現実なんて誰にでもあります、恐らく彼は動けない、自分で思っている以上に動けない、がそうだったように‼ そっとしておいてあげれませんか? それがいいことかはわかりません。ただ本人はまだ『刀折れ、矢尽きるまで』戦ってないんです、わかりませんか? まだなんです、私とは違う。私はケガだった。ケガが治りきる前に無理をしてすべてを失った。焦り過ぎた自分のせい、過失があります。焦ってすべてを無にした自分を責めました。でも彼は病気です、何の落ち度も過失もないまま選手生命を閉じないといけない! 私との痛みの本質が違います」


「だからこそ、じゃないですか」


 目を伏せたまま姫乃ひめのが口を挟む。いつもならそんなことはしない。でも口を挟まないワケにはいかないほどに、姫乃ひめのは感情が高鳴り胸が締め付けられた。黙っていていい場面じゃない。


「今の今まで忘れてました。私、彼と川守圭と小学校の頃クラブチームで対戦してます、何度も。もう別次元の選手でした。でも追いつきたくて泣きながら練習した。小学時代の私は美し過ぎる川守圭のプレイスタイルに憧れて、輝いていて。いつの頃からか私の目標でした。今でも無意識のうちにイメージするのは、その頃の川守圭です。たぶん、私は今も小学時代の彼に追いつけてない。だからわかることもあります。ちゃんと終わらせてあげないとって」


 新山はそれ以上何も言わなかった。溢れだす、こみ上げる姫乃ひめのの涙は悲しみの涙ではない、悔しさの涙。そう、あの頃自分が流した涙と同じだと思えたから。

(また若者があの悔し涙を流さないといけないのか……努力なんてどうやれば報われるの)



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