第37話 漁夫の利に気付く。
しかし、焦りに焦っていたのはアッキーナこと田中アキ『16番』だけではない。時計を戻すこと数時間前。吉沢家。
「
圭の許嫁の
「奇遇ね、私もいま嫌な予感がしてたの。一緒に行くわ」
妹の
「そ、そうなの? でもいいの?」
「なに言ってんの。病み上がりのあんたをひとりで行かせたら、圭に怒られちゃうでしょ、いいから行きましょ」
(言えない……圭に片道だけの交通費しか渡してないなんて、言えない……帰って来れないかもなんて言えねぇ~)
理由はさて置き、かくして吉沢三姉妹は早乙女女学院に予期せぬまま集結することになった。
***
早乙女女学院のベンチワークとしては疲労した
『外れるのはアキ、田中アキ』
謎の
石林へのパスを警戒した秋月は逆に石林に対し
何度もタッチラインに蹴り出されては突進を繰り返す。しかしそのうち周りが田中アキ『16番』の扱いに慣れる。ロストしかけたボールを石林『19番』が拾い、逆サイドの
しかし、事実は異なった。いや1名を除いた
田中アキは自らボールをただひたすら保持したまま、敵ゴール目掛けて果敢にカットインする。田中アキの頭の中には呪いの言葉が繰り返された。
『外れるのはアキ、田中アキ』
元々この言葉は中学時代自分を奮い立たせるために使い始めたパワーワードだったハズ。しかし、あまりにも言葉の力が強すぎて「奮い立つ」ではなく「震えあがる」になっていた。今もそうだ、単身で全国3位の早乙女女学院の鋼のようなディフェンスラインにカットインするより、パスで好機を演出すべきだったが、残念何も見えていない。
「どりゃああああ!」と切り込むものの、早乙女女学院のディフェンスラインは「何か裏がある」とパスコースを消しに掛かる。しかし田中アキの速度は落ちない、それどころか増している。パスコースを消しに回った結果俊足の田中アキ『16番』のマークがルーズになる。
結果ペナルティーエリア寸前まで迫りつつあった。しかもすぐ近くには後半2点目を決めた石橋『19番』の姿がある。パスを出されたら完全に崩される、そんなシーンだ。
(ダメ、もう止められない‼)
早乙女女学院
「えっ…?」
スライディングを受けた田中アキ『16番』は宙を舞いながら走馬灯を見た。
(あっ……私の最終予選……W杯よ、永遠に……ふふっこれでもう、あの悪夢を見ることはないのね、いい人生だったわ)
アキ。残念だが人生は終わってない。いや、幸いにも「悪夢」の方は終わるかも知れない。地面に肩から叩きつけられるように崩れ落ちたアキの耳に届いたのは、きつめのホイッスルと「ナイスファイト‼」と称賛する圭の声。
(あぁ……これで私はついに天に召されるのですね……)
いや、召されない。負傷した田中アキは控え選手に両手両足を持たれ、雑にタッチラインの外に運ばれた。なんか捕らえられたイノシシみたいだ。
さて、残り時間はあとわずか。場所はペナルティーエリアのわずかに外側。PKではない。直接
(先輩。わかりますよね? ほんの少し後半マシになったからって、ここで調子こいて
(吉沢、あんた何が言いたいの? なんで味方にプレッシャー掛けるの?)
(プレッシャーなんてとんでもない、チキンな先輩に代わり私が蹴ってあげます。幸い? わたくし、2得点決めてます。外しても誰も文句は言えません。何より決めたらハットトリックです。まぁ……先輩は無得点ですが)
口元を押さえて笑う
早乙女女学院がこのふたりの「こそこそ話」を打ち合わせだと勘違いし守備を固める。ペナルティーエリア内には早乙女女学院の選手で溢れた。早乙女女学院はこうなれば追加点を残り僅かな時間で狙いに行くリスクを冒すより、守り切ってのドローが最適解だ。
審判の短い笛が鳴りいがみ合ってたふたりは「我こそは!」と振り向き、セットされたボールに向き合おうとした瞬間、ふたりは我が目を疑った。まだそこにあるはずのボールはあろうことか美しい
もうここしかないだろう、そんな場所に狙いすまされたボールは吸い込まれるように消えた。
『ピ、ピ~~~~!』
何が起きた? ピッチ内も両ベンチも何が起きたかわからない。いや、確実に「何かが起きた」それが証拠にただひとりピッチを悠々と掛け抜けるひとりの姿。彼女は美しいほっそりとした両方の人差し指を胸の前で立て、まるでリズムを取っているように軽快に動かした。
こうして10数年振りに
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