第69話 潰せる自信に気付く。

 圭はピッチに出て『A1』の陣容を見る。やはり、指揮は姫乃ひめのが執るようで、姫乃以外でフィールドプレーヤーが10人ピッチに入っていた。


 圭はこの段階で、自分たちのシステムをバラさないようにわざと『4231』の配置に付かせた。

 それを見た姫乃は納得したのか、簡単な指示だけして下がった。


『B2』ボールでスタートが切られる。切られると同時に、システムを『4141』に変更するが、動きの中でシステムが変わったことに気付くのは、もっとさきの事だ。


 守備からの組み立てと見せかけるために、1度奏絵かなえにボールを預ける。

『A1』はいつものように前線からハイプレスを掛けようとする。

 カルロスこと神崎俊紀としき『11番』が寄せてきた所を見計らって、奏絵かなえ『19番』は前線の渡辺寧未ねいみにロングフィードする。


 そして、ここでようやく姫乃は気付く。寧未ねいみのポジションが本来のサイドバックではなく、サイドハーフの位置にいることを。


 寧未ねいみは前線に張る沙世さよにパスを試みるが、通らない。

 そして、このパスで姫乃もピッチに立つ『A1』のメンバーも寧未ねいみが一瞬だけ前線に上がったものと決めつけた。


 沙世さよはここから果敢にハイプレスを仕掛ける。沙世のあまりにしつこいプレスに『343』のディフェンス陣はいつものように、安易に横パスで逃れようとする。


 しかし、この判断は正しくない。誤った判断だ。圭は事前に見せた『4231』では、前線は沙世さよだけのワントップ。ワントップなら横パスで逃れることは容易。


 しかし、現実は違う『4141』なのだ。そして、この『41』はいとも簡単に5トップに可変出来る。そう『41』に。

 立ち上がりの一瞬だけ通用する、びっくり箱のような仕掛けだ。


『A1』のゴール前を守るのはディフェンス3枚とゴールキーパーだけだ。

『343』システムの最大の弱点は守りがたったの3枚しかいないということ。そして『4141』は実質5トップ。


 これが意味するのは完全に両サイドをフリーにさせたということ。

 そして、更に悪い状況。


 左サイドには高速ドリブラーの田中アキが顔を出し、不用意に出された横パスをカットし、ボールをキープした。もし仮にセンターバックが田中アキ『16番』に引き出されれば、ペナルティーエリアはガラ空きになる。しかし、田中アキを放置すればドリブル突破を仕掛けられる危険が大だ。


 ペナルティーエリア内で田中アキを止めるにはファール覚悟で行くしかない。

 そうなると、PKを与え失点の可能性は俄然上がる。なら、仮にゴール前ががら空きになったとしても、センターバックが飛び出して、田中アキをケアするしか道はない。


 しかし、大事なことを忘れている。田中アキの武器はドリブルだけじゃない。1年生ながら守備がザルと評されてもAチームのレギュラーを張っていた意味。


 それはピンポイントクロス。針の穴を通すような、正確で低い弾道のパスを前線に供給できる類まれな技術を持つ。そしてその正確無比なピンポイントクロスは、前線で張る沙世さよの足元にドンピシャで通る。


 名門蒼砂そうさ学園で、1年生ながらエースストライカーの証『9番』を背負う吉沢沙世さよ。フォワードとして必要とするスキルすべてを、持ち合わせた沙世さよの突出した能力は、吸い付くようなトラップだ。


 どんな強い球でも確実に足元に収める技術は中学時代、男子と混じって痛感したフィジカルの弱さ。それを補うために沙世さよは数少ないチャンスを生かせるよう、どんなパスでも自分が望む場所にトラップ出来るようにした。


 そして何よりも沙世さよが秀でた能力は、トラップからシュート体勢への移行が流れるようにスムーズなこと。トラップした次の瞬間、沙世さよは右足を振り抜いていた。


 まさに電光石火の一撃が『A1』のゴールに放たれた。


『A1』のゴールマウスを守るのは佐々めぐみ『1番』2年生。蒼砂そうさ学園女子サッカー部1の長身で、しかも手足が長い。身長が高いが反応が早く、その上判断も正確だ。


 Bチームの蒼砂そうさ学園のイギータこと樋上ひのうえふき『23番』のように攻撃参加はしないが、安定した正統派GKゴ―ルキーパーだ。彼女もまた間違いなく全国区の選手の1人だ。


 その実力者、佐々めぐみでも沙世さよの強烈なシュートは、その長い足でガードするしか方法がなかった。いや、多くのGKゴ―ルキーパーなら沙世さよの豪快なシュートを体ひとつ動かせないで見送るしかない。それくらい強烈で、左隅を突いた完璧なシュートだった。


 開始早々1失点してもおかしくない、そんな場面を蒼砂そうさ学園不動の守護神が救った。

 しかし、ガードしはじき返したボールは転々とルーズボールになっていた。


「クリア‼」


 佐々めぐみが声を張り上げディフェンス陣を統率する。しかしボールを確保したのは『B2』でインサイドハーフに入っていた直江田海咲みさき『21番』だ。自分に自信が持てず、戦術理解で集まった体育館で圭に噛みついた1年生女子だ。


(よし、直江田なら判断が遅いし、直江田あいつは自分に自信がない。まず、シュートはない! パスコースを探している間に潰せる)

 佐々めぐみは、マネージャーの船頭せんどう恵梨香エリカバリに部員の能力と欠点を把握していた。


 ひとつ下の直江田海咲みさきのことは、小学時代から知っている。基本的な能力値は、もしかしたら同じポジションの小林姫乃ひめのに迫るものがある。しかし絶対的に姫乃ひめのと違うところ、それは――


 視野の狭さと、思いっきりの無さだ。姫乃ひめのは背中にも目があるかのように、ピッチ全体を掌握できる。チャンスがあればいつでも打つ。親の七光りで蒼砂そうさの『10番』を背負ってるワケじゃない。


(潰せる)

 佐々めぐみは冷静な戦略眼で状況を分析し、沙世さよのシュートで左に引き出された守備位置を急いで修正しようとした。


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