第68話 混沌に気付く。

『B2』は翌日完全オフだった。いや『B1』以外は自主練すら休みになった。これは当初の予定通りだ。『B1』が練習するからと引っ張られる感じで『B2』も戦術理解のために昨日は集まったが、翌日の試合に備えて休養を取った。


 しかし相変わらず『B1』は練習を続けた。ランニングという練習を。見方によれば顧問の立花は熱心なのかも知れないが、その熱心さを『B1』メンバーのコンディションに向けるべきだった。


 ***


 翌日。

 蒼砂そうさ学園紅白戦。


『A2』5―0『B1』


 40分ハーフだけの紅白戦。『A2』の指揮を執ったのは小林総監督ではなく、娘の小林姫乃ひめのだった。姫乃ひめのの指揮がよかったというより、まるで『B1』のメンバーが動けなかった。

 仕方ないことだ。3日前に早乙女女学院のBチームとの交流戦をし、休むことなくこの2日間ランニングや、更に圧を掛けるようにショートランを繰り返し疲労困憊ひろうこんぱい状態。


 それだけではない。顧問の立花は前置きもなく紅白戦開始目前にシステムを『442』と発表した。元々蒼砂そうさ学園は『343』を採用している。攻撃的な『343』に対し、守備的な『442』は相性がいいシステムと言えるが、いきなりシステム変更をされても選手は混乱するだけ。

 結果は為す術もなく惨敗した。


 コミュニケーション不足。そんな単純な言葉で片付けていいのだろうか? 立花と『B1』のメンバーの間には一握りの信頼関係もなかった。


 グランドには膝に手をつき、大粒の汗を大地に落とす麦倉むぎくら優愛 ゆあの姿が残された。何も出来ないまま試合終了のホイッスルを聞き、どこかで自分のサッカー人生が終わりなのかもと感じていた。


 麦倉むぎくら優愛 ゆあは考えた。


 もっとうまくやれたんじゃないか?

 もっと激しく行けば、違ってなかったか?

 自分がもっと動けていれば……

 自分がもっと……もっと


 この言葉を数え切れないほど繰り返した。その背中に肩に手が添えられるその時まで。麦倉むぎくら優愛 ゆあはその手を握り返し、我慢してきた感情を爆発させた。


「私は‼ 私らはもっと‼ もっと‼ もっと‼ やれる‼ やれるのに、やれるのに……」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあは自分が無様でみっともなく、情けない顔で、言葉で、声でその胸の感情をさらけ出していることを知っていた。溢れる涙、悔し涙、歪んだ顔が醜いことなんて知っていた。出来たら人前で、異性の前で、同年代の異性になんて決して見せたくはなかった。

 でも、それでも、どうしても伝えたい言葉があった。


「勝ちたい、です……どうしても。どうやれば勝て、ますか」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあに肩を貸すのはこれで2度目だ。いま思えばこの敗戦は、はじめて肩を貸したときにはわかってたことだ。麦倉むぎくら優愛 ゆあは無言で差し出されたタオルを受け取る。


「まずは顔を拭いて顔を上げろ。誤解される。お前はまだ敗者じゃない。まだ終わりじゃない。今日の試合がお前のフットボール人生の結果じゃない。まだまだ過程だ。過程に失敗は付き物だろ? 試行錯誤。フットボールはそういうもんだ。これじゃ、麦倉むぎくら優愛 ゆあの質問に答えてないな」


 そう言って圭は優愛 ゆあを渡辺寧未ねいみに任せて、所在なさげにしている顧問の立花に足を向けた。

「――川守サン」

 寧未ねいみは圭を呼び止めて「ほっとけばいい」と言わんばかりに首を振ったが、圭は足を止めなかった。ただ、寧未ねいみの心配するようなことはしない合図ににこやかに顔を作った。


「――立花先生」

「なに、川守くん。笑いに来たの?」

「いえ、けなしに来ただけです(笑) オレならもっとうまくやれた」

「そう……まぁ、次はわが身じゃないの?」


 圭はそれ以上付き合うつもりはなかった。愛想なく背を向け心配げに見守る寧未ねいみの所に戻った。


 ***

 圭はいつものように手を3つ叩いて集合させ座らせた。言われた通り座る者もいれば、沙世さよ寧未ねいみのように立ったままの者もいる。行儀なんてどうでもよかった。


 これから試合で、どうすれば試合に集中出来るかなんて人それぞれだ。集合が掛かる前まで体を動かしていた者は、水分補給をしながら圭を見た。全員の視線が集まっていることを確認して圭は口を開いた。圭の隣には分厚いバインダーを持ったマネージャーの船頭せんどう恵梨香エリカが立つ。


「この敗因は無知だ」

 圭は突き放すようにそう言った。


「少し詳しい者は知っているだろう『343』には『442』で守るのが最適だと。そんなことは、スマホを開けば誰だってわかる。立花もそうしたんだろ。しかし『442』はもっとも成熟が必要な戦術のひとつ。付け焼刃でできるもんじゃない、試合開始間際に発表するもんじゃない。しかも慣れない戦術でいつもより余計に走らないといけないのに、休みも取らせず連日練習させた。選手に足が残ってるワケがない」

 圭の言葉が切れるのを待って奏絵かなえがすっと手を上げた。


「あの、いま関係ないかもですが、どの戦術というかシステムならよかったのかなぁって。その誰もが川守さんみたいに詳しくないし、詳しくない中でどうしたらいいのかなぁって。すみません関係ないですね」

 奏絵かなえは照れながら笑って前言撤回しようとしたが渡辺寧未ねいみも続いた。

「悪い、それ私も気になった。今回みたいにいつもと違うメンバーでやる時、どうしたらいい?」

「『4231』です」

「即答か。なんで?」

 寧未ねいみは半ば呆れたように圭を見た。

「『4231』は、まぁ良くも悪くも馴染みのあるシステムです。今までどこかで経験してるだろうし、対戦相手がそうだったり。何よりいつものポジションじゃなくても、何となく体が覚えてるのが『4231』です」


「じゃあ、川守さん。なんでウチは『4231』を採用しなかったんです?」

「いい所を突きますね。実は『B2』が取る戦術として予想されるのは『4231』なんです」

「それはなんでさ?」

「まずは田中アキがいる」

「わ、私かよ⁉」

 つまんなそうな顔していたアキがびっくりして跳ねた。


「田中アキが駆け上がる、寧未ねいみがその分守備に徹する。絶対的ピボーテとして奏絵かなえがいるし、ワントップには沙世さよが待ち構えてフィニッシュまでの形が見える。恐らく指揮は総監督じゃなくて、前の試合同様姫乃ひめのでしょう。この対策を立てて来てます」

「裏をかくワケか?」

「はい、さぁ時間です。行きましょう、オレ達はピッチを混沌に陥れる者です」






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