第67話 腹黒さに気付く。

「ど、どうしたのかな、圭ちゃん。ひとり? 珍しいね」


 子供たちはお互いの家の鍵を持たされていた。沙世さよ雨音あまねに用事がある時は渡された鍵を使って入ったが、麻莉亜まりあに用事とかは今まであまりなかった。もしあったとしても沙世さよ経由で済ませたりだった。

 実際それくらい絡みが少ないふたりだった。


「ごめんね急に。ちょっといいかな?」

「あぁ、ちょ、ちょっと待って! 片づけするから!」

 ちらりと見えた部屋の隙間から見えた感じ、まったく散らかってないが、それでも麻莉亜まりあはあたふたと片づけた。


「ごめんね、お待たせ~どうぞ」

 焦ってベットを整えたのと、軽く空気を入れ替えたくらいだった。


「お邪魔します。やっぱ、麻莉亜まりあちゃんの部屋らしくてかわいいね」

「そ、そうかな~ありがと。その……石林さんはいいの?」

「あ……っと、その気にしてるみたいで『行ってあげて』みたいな?」

「あっ、そっか。バレてる感じなんだ、なんかカッコ悪いよね……えっとね、なんていうか落ち込んでるの見られたくないって言うか……そんな感じ」

「ごめん」


「圭ちゃんに謝られると深刻さが増す……とりあえず座らない? それとも早く戻らないと?」


 いくら絡みが少ないとはいえ幼馴染。麻莉亜まりあの崩れそうな作り笑顔がわからないわけではない。座る場所を探すが圭の部屋と違いこたつがない。座るものと言えば勉強机の椅子か、ベットの端くらいだ。


 それに気付いた麻莉亜まりあは慌てて横長のクッションを用意した。立ったままの麻莉亜まりあに隣を勧めた。体を密着させないと座れないくらいのサイズだ。元々1人用にしては少し大きいサイズに過ぎない。


「ははっ……私、振られちゃう感じかなぁ」

 緊張に耐えかねた麻莉亜まりあは、聞きたくない言葉を自分の口から出した。その方が少しはマシかも、そう思ったが聞きたくない言葉は、自分の声でも聞きたくないのは変わらなかった。


「ごめん」

「えっと、なにがダメだったかなぁ。なんて言うか長い人生じゃない、後学のためっていうか……教えてくれたら助かるかな? 大丈夫『それちゃんとするから!』とか言って困らせたりしないし」

 精一杯元気な声で言うものの、後半は頑張ってもしぼんでしまう。


「その、なんて言うか……正直に言うとよくわからないんだ」

「よく、わからない?」

「うん、許嫁っていうのもだし、付き合うみたいなのも」

「そうなんだ。あっ、いや私もわかってるかと言えば怪しいかも」

「そうなんだ……ごめん、オレきっと子供なんだ。ずっとサッカーばっかで……それがほら、出来なくなったじゃない。だから勉強頑張ってみたり――」


「許嫁とかも頑張ろうって?」

「うん、ごめん。頑張ってどうこうするもんじゃないのに……麻莉亜まりあちゃん巻き込んじゃって本当にごめん」

 肩が触れる距離で座りながら麻莉亜まりあはあることに気付く。


(肩が触れてるけど……それは嫌じゃないのかなぁ……振るっていうのはそういうの全部嫌だからじゃないの? 違うの?)

 この際だから麻莉亜まりあは思い出つくりを兼ねて、更に背中を圭の背中に預けたが嫌そうな反応がない。

(おかしい……)

 麻莉亜まりあはここに来て、モヤモヤした違和感にぶち当たった。


「圭ちゃん。その、この先どうするの? えっと……私との許嫁、辞めちゃうってことだけど……沙世さよちゃんにするの? それとも雨音あまねちゃん?」

「いや、そういうのはその……決めてないっていうか、ごめんね」

 ここに来てようやく麻莉亜まりあは確信した。圭が自分が嫌いになったのでも他の姉妹が好きになったのでもない。


 単に許嫁という仕組みにうまく馴染めなくて、息苦しさを感じているのだと。ということは、麻莉亜まりあは良妻賢母的見地に立ち、慈悲の心に目覚めた。いや、我田引水的発想の方が正しいか。


「でも圭ちゃん。きっと圭ちゃんのおじさん達もだし、ウチの親も心配して私以外でいいから誰か許嫁にしたらって、しつこいと思うよ? それって圭ちゃんがしようと思ってる、指導者の勉強とかの邪魔にならないか心配」


 追い込まれた麻莉亜まりあは闇落ちして黒い「良妻賢母」になりつつあった。しかし、圭からしたら麻莉亜まりあのいうことは、この先想定される障害なのは考えなくてもわかる。だけど、どう対処していいか答えがない。そして答えを求めている圭に麻莉亜まりあは耳障りのいい言葉を。


「もしよ? もし圭ちゃんが私のこと嫌いだとかなら仕方ないんだけど、そうじゃなくて『許嫁』とかがよくわからないし、女子サッカー部のコーチするとかで忙しくて、私のことかまえないのが気になってたりだったとしたら、気にしなくていいよ。そりゃ、寂しいけど……我慢するし……」


「でも、我慢とかさせたくないっていうか。それなら麻莉亜まりあちゃんを自由にさせてあげた方がいいんじゃないかって……」

 そしてこの言葉で麻莉亜まりあは確信した。

(これは完全に雨音あまねちゃんの入れ知恵だ‼ きっとに言いくるめられてる~~! 対抗しなくちゃ!)


「私。圭ちゃんの側が一番自由かもです(きゅるん!)」

 麻莉亜まりあは自分史上攻めに攻めたつもりだが、圭はいまいちぴーんと来ていない。


「それでも、これから女子サッカー部と関わるかもだから、そうなると女子だらけだし……嫌な思いするんじゃないかなぁって。石林先輩みたいにふたりで会うこともあるだろうし」


 背に腹は代えられない麻莉亜まりあ。当面の敵は姉雨音あまねと想定し、切り札を切った。


「それならどうかなぁ。私と圭ちゃんの許嫁関係は『お試し』ってことで。だから、圭ちゃんが誰かと会うとかでも、口出ししないし……その人がいいって言うなら、その時は私、身を引きます。だから頑張らせてください!」


 この話を圭から聞いた雨音あまねは思う。

(我が妹。したたかね……油断できない)

 気を引き締める雨音あまねだった。













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