第66話 お説教かもと気付く。

「どうしたの、麻莉亜まりあちゃん」


 圭は自分の部屋の前で立ち止まったままの麻莉亜まりあに声を掛けた。手にしたトレーにはコップが3つ。参考書だか問題集を忘れた麻莉亜まりあだったが、すぐ追い返す気は圭にはなかった。受験生とはいえ飲み物くらい飲む時間はあるだろうと、用意した。


「あぁ……なんか雨音あまねちゃん来てるみたい。それに問題集やっぱウチだった。ごめんね、圭ちゃん。疲れてるのに……またね。石林さんによろしく~」

 そう言って麻莉亜まりあは圭の言葉を待たずに階段を降り、自宅に戻った。玄関を出て圭の部屋を見上げながら雨音あまねの言葉を思い出す。


沙世さよに罪悪感を感じさせたくなかったんだよ、きっと。ね』


(どういうことなのかな、圭ちゃんって沙世さよちゃん苦手なんじゃ……でもでも、さっきの雨音あまねちゃんの言葉じゃ、沙世さよちゃんがサッカー頑張れるようにってこと? ホントは沙世さよちゃんが好きなの?)


 麻莉亜まりあは前に雨音あまねに指摘された「もっと姉妹わたしらのことに興味持ちなよ」という言葉が今更ながらわかった気がして、逃げ出してしまった。

(なにが良妻賢母よ……こんなことも知らないで失格だぁ)


 圭は麻莉亜まりあの異変を感じながらも、とりあえずは部屋で待つ奏絵かなえに飲み物を出すことにした。麻莉亜まりあの異変に見当も付かないが奏絵かなえにはあまり関係ない事に思えた。

(あとでフォローしとくか……)

 この時はその程度だった。


 ***

「おいおい、部屋の主がいない間に模様替えか」

 朝慌ただしく部屋を出て以来だった。部屋には使わなくなった母親の小ぶりな机と椅子が持ち込まれ、圭の机に並べられていた。


「なによ、若いふたりが間違いを起こさないように、見張りを買って出てるってのに。それともなに? 麻莉亜まりあとふたりきりでする気だったの? あんたって子はホントに! 奏絵かなえもこんな男、迂闊について来ちゃだめよ?」


奏絵かなえ?」


「そうよ、知らなかったでしょ。私ら1年の時同じクラス。いわばマブダチよ。圭が女子サッカ―部でエロいことしたら筒抜けなんだからね?」

 奏絵かなえを見ると『プルプル』と首を振っている。どうやらいつもの風呂敷を広げただけのようだ。安心したのも束の間、圭は急に麻莉亜まりあが気になる。


「そういや、さっき麻莉亜まりあちゃん。急に家に帰ったけど…なんかあった?」


「えっ……ヤバい。今の聞かれた⁇」

 雨音あまねは慌てて口を塞ぐが……

雨音あまね。今の『ヤバい』部分を詳しく」


 ***

「つまりアレか? このデリカシーのないお姉さまは、オレの許可も得ずにオレの部屋を私物化した上に、オレが沙世さよを好きかもと麻莉亜まりあちゃんに伝えてしまったと?」

「事故です」

 雨音あまねは事も無げに言う。


「こっちはだよ‼ ど~すんだよ、えっ? お姉さまがヤラかしたのにオレが被害被るの? 格差社会じゃない⁉」

「だいたい、だいたいよ! 元はあんたが悪くない?」

「はぁ⁉ オレは先輩に飲み物用意してただけです~! 玄関で麻莉亜まりあちゃんに会って、部屋に参考書忘れたとかで……帰れとは言えんだろ!」

「違います~~そこじゃないです~~」

「なにそれ、ヤラかしといてその態度……」

「なによ!」

「なんだと~~!」

「あの……」

 喧嘩上等なふたりに挟まれた奏絵かなえは、おどおどしながら挙手で発言を求めた。


「私、居ていいんですか?」

 申し訳なさそうに眉を『ピクピク』させる。しかし雨音あまねの目には違う感じで映ったようだ。

「圭。いま奏絵かなえ、そこはかとなく自分だけ逃げようとしてない?」

「ははっ、そんなことないですよね、先輩。って言いますよね? 先輩もこの件に関して無関心ではいれませんよ?」

「で、でも……私状況わかんないし……」

「圭、聞いた? 状況わかったら協力してくれるんだって」

「さすが先輩! 頼れるピボーテ!」

(いや、ピボーテ関係なくない?)


 そう、奏絵かなえは返答を間違えた。この巻き込み体質なふたりには「状況がわからない」ではなく「私、関係ないですよね?」が正解だ。それでも結果は変わらないけど。


 ***

「川守さんは、その……麻莉亜まりあさんのこと好きじゃないんですか?」

「圭。奏絵かなえって凄いよね、こんな質問よくできたわ、感動した!」

「えっ、聞きにくいですか? でも、今聞いた話をまとめると、そうなりませんか?」

 奏絵かなえはきょとんとした。奏絵かなえに悪気はない。単に現状を分析したというか、第三者目線で客観視しただけ。


「いや、嫌いじゃないよ。幼馴染だし……」

「川守さん、話ズレてます。私は『好きじゃないんですか』と聞きました。なにも『嫌いなの?』とは聞いてません。それに、いま言ってる『好き嫌い』は女子として、異性として『結婚相手として』どうなのってことです。幼馴染としてまで嫌いなら、壊滅的です」

「スミマセン」

 固まる圭の腕を雨音あまねが「ツンツン」する。

(私、帰っていいかな)

「いいわけないでしょ、雨音あまねちゃん」

 答えたのは奏絵かなえだった。雨音あまねは肩を竦め正座して「ごめんなさい」をした。


 少しの沈黙。そして圭は口を開いた。いま感じてること、思ってることを話した。

「無責任だけど、正直許嫁ってのがピーンと来てないんだ。確かに返事したのはオレ自身だし、その時はそれでいいかって思ってた。正直言って麻莉亜まりあちゃんがってワケじゃないんだけど、いろんな事に興味が持てないでいた。サッカーが出来なくなって、そればっかで来たから。だから、やることねぇし、勉強でもしようかになったし、大人たちが許嫁を決めろってなった時、まぁいいかになった」


「それは、仕方ないかもですけど…」

「うん。実際巻き込んでるし、麻莉亜まりあちゃんを。でも、どうかなぁって思いだして」

「何がですか?」

「ん……いや、サッカー出来なくても指導者の道がなくもないし、そう思えたら急になんて言うか抑えられない感情っていうか……だから、きっと麻莉亜まりあちゃんには悪いよ。きっとオレ、サッカーしか見えなくなるし……今日もそうだし」


「そうね、あんたも沙世さよもそういう子よ。奏絵かなえもそうでしょ? だったら、今のちゃんと伝えたらいいんじゃない? 何年も後に今の言われたらキツイよ? 私の青春返せって話。まだ1週間じゃない。私も一緒に謝ってあげるから、ね?」

 圭は首を振り「それは自分のせいだから」と奏絵かなえに向き直り「ごめん、先輩ちょっと行ってくる」と頭をさげた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る