第30話 余裕しゃくしゃくだと気付く。

 思いのほか和美なごみとの話が長引いた。沙世さよが出ているA戦(レギュラー組)も前半終了を10分残すところになっていた。


 蒼砂そうさ学園0―3早乙女女学院


 サッカーで前半この点差はそこそこの実力差と言っていい。蒼砂そうさ学園は強豪校と呼ばれて久しい、だけど早乙女女学院は更に先を行っていた。前半だけで3点ビハインド。蒼砂そうさ学園の守備が崩壊したのか、相手の攻撃力が爆発したのか、その両方か。


 私立の強豪校ではよくあることだが、顧問が監督を兼任しているのではなく、専任の監督がいた。顧問もいるが引率の責任者的な立場だ。圭を最初に見つけたのは顧問の立花香だった。圭の担任をしている若い女性教師だ。高校時代サッカー部マネージャーの経験がある。


「川守君、来てたの? 吉沢さんの応援?」

「まぁ、そんなトコです。早乙女女学園には許可を取ってます。観て行っていいですか?」


 顧問の立花香は少し考えて「監督に聞いてみる」とバインダーを小脇に抱えベンチに戻った。練習試合。保護者の姿もちらほらある。観戦の許可は必要ないが社交辞令的に聞いた。ダメだと言われたら相手サイドに場所を移す。


「あれは、か?」

「えっ? 監督。よくご存じで。吉沢さんの幼馴染です、確か。観戦していいか聞いていますが……」

「別に観るには構わんよ、。そうだ、先生。川守を呼んでくれ」

「呼ぶって、ベンチにですか? いいんですか彼は部外者ですが」


 初老の監督小林は白髪頭を掻きながら不機嫌そうにうなずいた。一瞬小言を言おうとしたがやめた。

(歳を取っての小言はすぐ「愚痴臭い」と言われる。困ったもんだ。しかし高校サッカーにたずさわる者が川守圭を知らないとは……)


 監督の小林は顧問の立花香に煙たがられている自覚はあった。そして彼女の勉強不足も鼻についた。


 ***

「川守君。小林監督がお呼び~なんか機嫌悪いけど、気を付けてね。負けるとさ、イライラして困るのよねぇ……参った参った!」


 顧問の立花香は圭の担任ということもあり、本音をポロリとこぼし肩を叩きながら去っていった。少し離れてもわかるくらいの大きなため息をつきながら。


(小林監督って、あの目つき悪い人だよなぁ……そう言われても面識ねぇんだけど……何の用だろ)

 圭は来て早々に帰りたくなった。


 呼ばれた以上顔出ししないワケにはいかない。女子サッカーの監督と関わる機会などないのだが、学園の関係者なのは変わらない。どっかですれ違った時とか気まずいのも嫌なので、圭は渋々蒼砂そうさ学園側のベンチに足を向けた。


 移動中グランド内を見渡す。蒼砂そうさ学園『9』番。吉沢沙世さよの姿があった。


(右のインサイドハーフか……)


 圭は軽く首を振る。

インサイドハーフそこじゃない、そこじゃ沙世さよの怖さを発揮できない……そんな器用な選手じゃない)


 言葉は柔らかめだが、脳筋の沙世さよこなせるポジションじゃないと圭は言いたい。ずっと近くで見てきた圭だからいえる。攻守の切り替えなんて沙世さよは考えたことないだろう。


 本能でサッカーをしている沙世さよに頭を使わせるから、出だしが1歩遅れる。遅れるから攻撃に鋭さが出せない。だから囲まれてボールを奪われる。簡単なことだ。解決方法は高度な駆け引きが必要となるポジションに沙世さよを置かない、ただそれだけ。


 ふたりは地元の公立中学出身。学校には女子サッカー部はなく沙世さよは男子に混じって練習していた。女子サッカー選手の多くがそうするように。圭はすぐ傍で沙世さよを見続けていた。


(もっとゴールに近い場所だ)


 そんなことを言っても誰も耳を傾けなかった。中学の部活の顧問も。確かに女子と男子ではフィジカルに大きな差がある。だから沙世さよはそのフィジカルを鍛え続けた。


「初めまして。川守です」


 少し肉付きのいい初老の監督は圭に見向きもしないで前半戦終了間際のピッチを見守った。なんなんだと思いかけた時「知ってる。私は『川守圭』を知っている」そう言ってまたピッチに目をやりメモを取った。


 近くにいた顧問で担任の立花香が圭と目が合い肩をすくめた。いつもの事よ、と言わんばかりに。圭も別に学校関係者だからと言って、女子サッカーの監督に従う理由もなく早くピッチサイド近くで観戦がしたかった。軽く挨拶をして去ろうとしたその時思いもよらない言葉が小林監督の口から出た。


「川守圭。この状況をどう思う?」

「監督、川守君は部外者です。急にそんなこと聞いても……」

 口を挟む顧問の立花香を指先で制し「私は川守圭に聞いている」ともう口を挟まないよう注文を付けた。立花香は不服そうに口を真一文字にし黙った。


「状況ですか……オレはいま来たところなんで、ぱっと見の感想になりますが」

 小林はピッチを見る視線を動かさず「構わない、聞こう」とだけ答えた。


「普段を知りませんが、ツートップのひとり『10番』が明らかに不調です。見た感じ全然競り勝ててない。あと両サイドバックの疲労も大きい」


「うん。それはわかる。ではもしお前が後半開始早々『1枚』交代枠を使うならどこに使う?」

「左サイドバックです」

「理由を聞こう『10番』を下げてフレッシュなFWフォワードを投入しないのか? うちには控えのFWフォワードはいくらでもいる」


「そうですね『10番』をインサイドハーフの位置に落とします」

「1トップにするのか? 3点負けてる」

「いえ『9番』と入れ替えます。ツートップの一角にします」

「後半開始早々は右サイドからの攻撃は捨てると……わかった。左サイドバックの控えは『何枚』かいる。どのタイプがいい」

「クロスが得意な選手がいいです。守備は出来なくていいです。スピードとクロス重視で。いますか?」


「――スピードとクロスか……田中! 後半早々から出す。体あっためておけ!」

 監督の小林は左サイドバックの控え選手に声を掛ける。


「監督、どうして川守君の意見を入れるのです? 彼は部外者です」


「立花先生。トレセンというものをご存じですか?」

「えぇ、まぁ……優秀な選手を集めて育成する場ですよね」


「まぁ、そうです。そのトレセンにも、地区トレセン、県トレ、地域トレセン、ナショナルトレセンと色々ある。目的は個の成長だが、そこで得た経験をチームに持ち帰り伝えるのも招集された選手の大きな役目。川守にはその役目を担って貰っている。彼は中体連から地域トレセンに選ばれた数少ない経験者だ」


 事実。地区トレセン以上の県トレや、地域トレセン、ナショナルトレセンはどこかのチームの下部組織かクラブチーム在籍者が多くを占める。中体連――中学のサッカー部から選ばれる者は一握りもいない。


「地域トレセンって県トレの上の、ですか? でも川守君は部活動は――」

「川守圭。退したんだろ? 『肺』は」


 圭と小林監督の会話を打ち切るように前半終了のホイッスルが鳴り響いた。


 ***

「吉沢!」

「はい!」

「後半から右FWフォワードに入れ。小林。代わって1枚落ちてインサイドハーフ。田中は飯田の位置に入れ。後半は左サイドを崩す、右サイドは守備に徹しろ。いいな」

「「「はい!」」」


 沙世さよは圭の姿を見て近寄ってこようとするが、それよりも早く行動したのは顧問であり担任の立花香だった。彼女は引きずるように圭を連れ、少し離れた植え込みの陰まで連行して開口一番「どういうつもりなの⁉」と責められた。


(どういうつもりもなにも、先生が監督のところに連れて行ったんだろ……顔ちけぇだろ……)


 下手したら完全にキスの間合いに若い担任の顔が迫っていた。残念ながら三白眼で激オコなのは確かめなくてもわかる。


(キスどころじゃない)


 しかし、こういう高圧的な女性の態度に圭は免疫があった。雨音あまねのおかげだ。

雨音あまねを超える目力じゃない)


 雨音あまねの鍛錬の成果(?)で余裕すらある圭だった。

















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