第31話 響きがいい事に気付く。

「『10番』の小林さん‼ 監督の娘さんなの! キャプテン! 2年生! 超怖いの! 返事もめっちゃ低い声でしかしないし‼ 君の提案で『1枚下げられた』なんて知ったら私八つ当たりされたらどーすんの? 嫌よ? 生徒に泣かされるなんて!」


(なんか、教室と違う。いつものがゼロだ……化けの皮って簡単にはがれるんだなぁ……)


 圭はそこはかとなくこの立花香という新任の教師を舐めていた。


「じゃあ、オレが言ったって『10番』に……に言っときます」

「川守君⁉『小林』ってキャプテンですから! 2年生! 先輩よ! あと、監督の娘さん……」

「先生。オレピッチに持ち込まないんで。敬称略な男です、ピッチでは」

「いや、あなた、部外者だからね? ちょい! 聞いてる?」


 圭は後ろ手に手を振りベンチに向かう。

「あ~⁉ どいつもこいつもなんでサッカーするヤツこんなアクが強いの⁉ 川守君も教室じゃ、いい子でしょ? 先生さみしい(ぽつん)」


 ***

「先輩。いいですか、隣」

「――川守圭。なに?」


「どうして小林家は親子揃って、オレの事フルネームで呼び捨てなんですか?」

「なんでって……。川守圭を」

「言ってること親子ほぼ同じなんですけどね『肺』のことも聞きますか?」

「お情けが欲しいなら聞いてあげる。いらないでしょ。どうせ立花香に泣きつかれたんでしょ『小林さんを刺激しないで!』とか。ホント、ダルい。顧問なんてしないで婚活すればいいのに。そう思わない?」


 幸いなことに悪態をつく年上女子の英才教育は長年受けてきた。雨音あまねに比べればかわいいもんだ。まぁ「婚活」については賛成な圭だった。


「ついでに言うと先輩をインサイドハーフに下げたのもオレです『許してニャン!』とか言いましょうか?」

「はぁ⁉ ケンカ売ってるよね、。姫乃。小林姫乃ひめの

「じゃあ、姫乃ひめの。別にケンカは売ってません。おっかない先輩に少しぐらいびを売ろうとしただけです。面倒ですけど」


「いきなり呼び捨てして、ケンカ売ってないなんてないだろ『先輩』呼びだとピッチはほぼ2年生だから、それだと誰だかわからんでしょ。普通に『小林さん』とか『小林先輩』とか『小林キャプテン』とかあるでしょ。面と向かって『び売る』とかマジないわ、ダルい」


「『小林さん』って呼んで監督が振り向いたら息詰まるでしょ」

「おまえ、人のお父さんによくそんなこと言えるな、川守圭。まぁ当たってるけど」

「でも先輩もですよね~」

「はぁ⁇ マネすんな」

「だってそうじゃないですか。ピッチで呼ばれ方どうこう言ってる暇あったらシュート打てるでしょ? ボーっと突っ立ってて。待ち合わせ、彼氏にすっぽかされましたか?」

「パスが来ないのにどうやって打つ? 彼氏なんていないっての! なに聞き出そうとしてる? はは~ん、もしや川守圭!」


「だから1枚下がってください。シュートは沙世さよ……吉沢が打ちます」

「おまえ、自分で振っときながらオールスルーすんの? 吉沢? 言っちゃ悪いけど、あの娘ダメダメじゃん。囲まれてすぐ潰されるし、切り替え遅いし」

「はい。それは監督が悪いです」


「おまえ、ちょいちょい人のお父さんディスるよな、別にいいけど。で何が悪いのお父さんの」

「先輩『お父さん』呼びなんですね、かわいいとこあるじゃないですか。このままあと30年は実家にいてあげてください!」

! スパイクで大事なトコ踏むぞ!」

「そこは生足でお願いします」

「下ネタかよ!」

「先輩の返しただけです。熱くならないでください。文字の乱れは心の乱れといいます」

「それ、。で、吉沢を『前にした』理由はあるんだろ? それはピッチで知ればいいけど。どう使えばいいの?」


「そうですね、先輩はグラウンダー気味(低い弾道)のシュートをミドルレンジ(中距離)から打ってください、ジャンジャンと!」

「そんなの相手の網に掛かるだろ?」


「はい。だから『ジャンジャン』です。吉沢沙世さよの使い方はおおむね『』と同じです。ほら、よく見たら、あいつ愛らしいラブラドールレトリバーの目に似てるでしょ? 想像してください。先輩は夏の砂浜で沙世さよドールレトリバーと戯れてる光景を」


「おまえ、何気に酷いなぁ……幼馴染大型犬扱いかよ、しかしなぜかイメージしやすい!」

「先輩も同じ穴のむじななんです。じゃあ、賭けをしましょう。もしこの試合ドロー以上でオレは先輩を未来永劫『姫乃ひめの』呼びします」

「もし負けたら? 今更、川守圭を呼び捨てにするのは対価にならないぞ」


「そうですね……じゃあ、賭けに負けたら


「ケ、ケツって言うな! な、な、なんで賭けに勝ってお前にお尻まで舐められないとなんだ⁉ 意味わからん‼ どエッチ‼ 歩くセクハラ案件‼」


「あれ? 外国映画とかでよく言いませんか?『オレのケツを舐めろ』みたいな。 まぁ、なんにしても賭けは賭けです。ドローで呼び捨て。敗戦でケツ舐めます。じゃあ!」

「お、おい! 川守! 川守圭‼ ちょ、待ってよ!」


(ドローで呼び捨て、負けたらって誰得⁉ いや、川守圭しか勝たんだろ⁉ これ完全に? ハメられる……? えっ⁉ これって『』と『』掛けてない⁉ いや、‼ じゃじゃじゃ、私、川守圭に⁉ うそっ、私……川守圭が初めてなの⁉ うわっ、悪い男だ……どうしよ、お父さん‼ お嫁に行けないよ~!)


 小林姫乃ひめの。幼少期から監督業を営む父に、サッカー哲学を植え込まれた根っからのサッカー女子。サッカーIQは高いもののそれ以外の知識は平均以下。つまり、それなりにこじらせ女子に成長していた。


(でも、私1人っ子だし…養子なら「ありよりのあり」かも……そうなると小林圭になるワケか……ん? 意外に響きいいな……)

  

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