第32話 女子力最強だと気付く。

でいいかな」

 ピンクのビブス。日焼けしたショートポニー。小柄な選手が圭に話し掛けてきた。


「えっと……田中さんでしたっけ。先輩ですよね、呼び捨てでいいですよ」

「そういうわけには……小林監督が後半のことは川守に聞けって。指揮を取るんでしょ。なら呼び捨てなんて出来ない」

「そうですか。でもオレ試合中は呼び捨てになりますけど、いいですか?」

「いいよ、遠慮しないで。あ……他にも田中いるから『アキ』でいいよ」

「じゃあ、改めてよろしくお願いします


「えっ⁉ いや、まぁいいけど……君、違う……あの、私、監督に怒られるんだけど。守備はだって……いいの?」


「スピードと正確なクロスがあるんですよね、スタミナはどうですか?」

「あるよ。でも、なんだ。ヘマしていつも途中交代されちゃうから」

「構いません。後半は守備は考えなくていいです。基本吉沢沙世さよにパスを出してください。遠距離で構いません。狙えるなら枠内を狙ってもらっていいです。こぼれ球を拾わせるイメージ。いいですか?」


「いいけど……吉沢、前半出来最悪だったよ? 前出して平気なの?」

「平気です。アイツのアドレスはペナルティーエリア内ですから。それから姫乃ひめのには縦に走らせるパスをお願いします」


「えっと……小林のこと呼び捨てなんだ……下の名前で。君なんか……」

「そうですか? 後半はアッキーナに掛かってます。もし、ドローに持ち込めないと姫乃ひめののケツを舐めないとなんで」

(えっ……⁉ 小林そんなことさせるの⁉ えっ……それ完全に……えっ? そんなヤツなの小林⁉ せ、性癖ってわからん……)


 圭は間違った映画の知識で女子サッカー部を混乱に陥れた。


「聞いていい?」

「どうぞ」

「これって……後半の采配。前から決まってたの?」

「いえ。気まぐれに沙世さよの応援に来たんです。幼馴染なんで。そしたら監督に呼び出されて。世間話風に『1枚誰をかえる』か聞かれたんです。采配なんて聞いてません。初耳です(笑)」

 田中アキはピンクのビブスを脱ぎながら立ち上がり「そっか」と笑った。


「じゃあ、記念すべき川守圭の初采配で最初の交代枠は私な訳ね?」

「そうなりますね、期待してます」

「あぁ……そういうのいいかな? それより、川守圭の記念すべきは私って訳ね」

「えっ、その……」

「なに? 女子サッカー部に関わる気なんでしょ? 言っとくけど『こんなのバンバン』よ? これくらいの下ネタで顔赤くしないの〜かわいい〜お姉さんが教えて『あ・げ・る』なんって! 期待には答えるよ。出してくれてサンキューです!」

 田中アキは投げキッスと共に軽くショートランを始めた。


 ***

「なにちじこまってる」

 植え込みの側で両足を抱えて文字通り沙世は縮こまっていた。


「うん。来てくれたんだ。ごめんね、せっかくなのに全然だよ(しゅん)」

 圭は縮こまってる沙世さよの隣に同じようにして座った。肩や足が引っ付くと「狭いよぉ…」と甘えた声を出す。うまく行かない時はいつもそうだ。


「前半でね。交代かなってくらいダメだった。なんにもさせて貰えなかった。みんな怒ってるし」

 家では見せない弱気な態度に甘えた口調。うまく行かないときはいつもこうだ。知ってるのは圭だけ。

「ツートップなんて務まんないよ(泣き)」と半泣き。これもいつものボヤキ。


 そこから手を出して『恋人つなぎ』を要求する。無言で。いつものやり取りだ。圭はほっそりとした指を握る。緊張からか指先が冷たい。空いた方の手で沙世さよの頭を雑に撫でる。


 まるで大型犬のような扱いだ。それでも沙世さよは照れくさそうに撫ぜられながら目を閉じた。


「もう…来るんなら言ってくれたら、ちゃんと髪セットしたのに…意地悪」と唇を尖らせて抗議する。しつこいが、思うように試合が行かないときの沙世さよはこんな感じだ。甘えん坊というより5歳児。

「ねぇねぇ、圭。もし私ゴール決めたらうれしい?」

「うん、うれしいぞ」 

「そう? じゃあ、決めるね! そしたら前みたいに『ぎゅう』してくれる?」

 恋人つなぎのままで手をブランブランと揺らす。幼稚園児の遠足と変わらない。にんまりする沙世に「無邪気かよ!」と肩でつつく「へへっ〜」と沙世は大型犬よろしくでなつく。


沙世さよ姫乃ひめのとアッキーナ先輩には遠めからでも打つように言ってる。いつもみたくこぼれ球に合わせろ。お前なら出来る、いいか?」

「うん! 出来る! やるよ! ありがと、圭!(ぽわわわ〜ん)」


「よし、行って来い!」

「うん!」

 そう言ってベンチサイドに向かった沙世さよだったが、数メートル走った先で空気が抜けたようになって圭の元に戻った。


 トボトボとした足取りで座った圭の背中にピタッと顔を付ける。イタズラして叱られた後にお父さんの背中に甘える5歳児。

 人目をはばらず、圭の肩に手を回す。そして急にしゃくりあげる。


「どうした、みんな見てるぞ」

「そんなの別にいい……私が駄目なのみんな知ってるし」

「お前は別に――」

 駄目なんかじゃないと言葉を続けようとしたが、沙世さよの心の声にかき消された。

「圭。ごめんね、サッカー続けて。ごめんね。圭の方が全然上手なのに、私なんかダメダメなのに……でもね、うん。やるよ、頑張る。圭が果たせなかった『日の丸』私が絶対に背負うから! ごめんね、こんなトコで泣き言言ってちゃダメだ……やるよ。決める『なでしこ』になる‼ 絶対にうまくなってそれで圭を世界に連れてく、圭の分まで、圭が驚かせる予定だった世界を私が……絶対世界を驚かせてやる」


 圭は首を振った。

(謝るのはオレの方だ。オレのせいで変な荷物抱えさせて。悪いな、沙世さよ。やっぱ、お前はオレ的女子力最強だ)


 程なく後半開始のホイッスルが鳴った。圭は危うく沙世さよの背中に『愛してる』と言い掛けた。荒い風が駆け抜ける、師走のピッチを。













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