第33話 反撃の狼煙に気付く。

 後半開始寸前のセンターサークル。ボールは沙世さよの足の裏でコロコロと転がされている。後半開始のスターターを自分が切ると宣言しているのと変わらない。

(ちょ、ちょっと! それ私の役なんだけど)

 小林姫乃ひめのは心で舌打ちをした。いや、我慢できないから沙世さよに突っかかる。


「吉沢。あんた前半消えてたけど、やれんの? なに泣いてんの? バカなの?」

FWフォワードの先輩より? バス停ですか? 相手ゴール前は? うらやましいんでしょ? 先輩は監督お父さんに『よしよし』して貰えばいいじゃないですか」

 ピッチの中の沙世さよは我を抑えない。先輩や目上なんて関係ない。そうやって圭とやって来た。言われたら言い返すは基本だ。


「はっ⁉ あんたがパス出さないで潰されるからでしょ」

「パス来ないとんですか(笑)キャプテンマーク、私巻きましよか?」

「言ったわね。言っとくけどこの試合負けたら、に私、お尻舐められるんですからね! ちゃんとしなさいよ!」

「そうですね、キャプテンの、いや、の汚いお尻、圭に舐めさせたら可哀想なんで、私ひとりで決めますから。キャプテン、ベンチあっちですよ?(笑)」


⁉ なんであのふたり味方同士でバチバチ⁉ 川守くん、交代枠で私変えてくんないかなぁ……おろおろ)

 もうひとりのFWフォワード神崎俊紀としき『11番』は口を歪めて生唾を飲み込む。


 名門早乙女女学院女子サッカー。不動のCBセンターバック秋月『5番』とはいえ心に緩みがないわけではない。なにせ前半だけで3得点をリードしていた。

 名門同士の対戦ではあるが、近年早乙女女学院が負けたことはない。だからか、開始早々5分の彼女からの不用意なバックパスに繋がった。


 一瞬のことだ。不用意という程のことはなかった。そこに沙世さよがいなければ。沙世さよは得意の前線からのプレスを掛け、焦った相手ゴールキーパーの判断ミスを引き出す。


 不用意過ぎる横パス。一瞬のスピードに掛けては沙世さよは全国区。ちょんと差し出した長い脚は不用意極まる横パスをカット。何が起きたかわからないまま、早乙女女学院のゴールネットが揺らされた。


「よっしゃー‼」


 状況を把握していたのはベンチの圭だけ。小林監督は呆然とその景色を見守った。いや、小林監督だけではない。ピッチに立つ味方も敵も何が起きたかわからない。長いホイッスルが鳴り、ようやくゴールが決まったことに気付く。


 さっきまでの不安そうな顔は何処へやら。沙世さよはへらっとした顔で圭の元に駆け寄り拳を合わせる。

 後半始まる前の5歳児沙世さよはゴールしたら『ぎゅう』してとせがんだ。だけど、いざそうなると恥ずかしい。半笑いなのは圭の前だけ。小林姫乃ひめのの前に行くと『どや〜!』になる。後半開始5分の立ち上がりを沙世さよは急襲した。


 ドヤ顔を見せられると『むかっ』とするものの、そこはキャプテンだし、先輩だし、大人だし……ピッチの上ではどんな形であれゴールを決めた者が正義。

 2、3言葉を交わして空気を変えようとするが、大人になり切れない姫乃ひめの沙世さよは追い打ちで言い放つ。

「先輩。点数入りましたが?」


!』姫乃ひめのの頭の中で何かが壊れた。人としてのモラル的な何かが。そして生まれる殺意。だが、しかし――


(大丈夫。川守圭も言ってた。こいつはだ。‼ よしよし、いちいち腹を立てるなんて私ったら大人げない。川守圭。あんたが言ってたように雑にパスを出してこき使ってやんよ!)


 右のインサイドハーフに降りた姫乃ひめの。実を言うとFWフォワードよりも、中盤としての資質を持っていた。

 高い位置で奪い取ったボールを雑にゴール前に流し込む。敵のDFディフェンダーに簡単にクリアーされると思いきや、相手DFディフェンダーのトラップが大きい。

 いや、ほんの少しボールがルーズになった。ただ、それだけ。それだけのハズなのに――いつの間にか詰めていた沙世さよが左足を振り抜いた。


(えっ……? 今の拾ったの?)


 豪快に振り抜かれた左足から放たれたボールは残念ながらキーパー正面。悔しがる沙世さよ姫乃ひめのは二度見する。そして全身に鳥肌が立った。


(なに、この娘。前半と別人……いや、この娘、この1年こんなプレーしてこなかった……いや、違う……こんなプレーヤー‼ 今の女子のシュートかよ‼)

 姫乃ひめのの中のつまらないわだかまりは一瞬で蒸発した。


「みんな、吉沢にボール集めて!」


 キャプテン小林姫乃ひめのはピッチ内での戦略を即座に切り替えた。交代で入った田中アキ『16番』も再三に渡りドリブルからのクロスを試みるが、早乙女女学院のCBセンターバック秋月を中心とした守備に阻まれる。


 早乙女女学院のスタイルはディフェンスラインからボールを保持し、後方で回しカウンター攻撃。すべてのボールはCBセンターバック秋月を経由した。相手チームが奪いに来たところを崩して攻撃に繋げた。


「監督。もう『1枚』切ります。いいですか?」

「好きにしろ。後半はお前に任せてある。ただ、FWフォワード神崎は置いておけ。きっと

FWフォワード神崎……『11番』か……器用そうな選手だけど……あの娘たしか雨音あまねの友達だよな)


 圭の目にはFWフォワード神崎『11番』はまだなにも出来てないように見えた。圭はふとベンチでひとりジャージを着た、見るからに線の細いそばかすの眼鏡女子に目が留まる。少し前の麻莉亜まりあに似ていた。手のバインダーに熱心にスコアを取っていた。


 彼女のバインダーを盗み見るとありえないほどの情報が、様々な色のボールペンで書き込まれている。そして圭はようやく少し前の麻莉亜まりあ似のそばかす女子がクラスメイトだと気付く。いつもは制服を着ているのでわからなかった。


船頭せんどうさん。1対1マンマークが強い選手を教えて。出来ればボールカットが得意な。いる?」


「石林さん。石林先輩『19番』です! 川守くん! ポジションはボランチ!」

 麻莉亜まりあ似の船頭せんどうは圭が必要とする情報を瞬時に提供した。

船頭せんどうさんって、めっちゃサッカー好きなんだ)

 クラスでは目立たなく地味な存在だった女子が輝きを放つ。










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