第29話 ダメな子だと気付く。

「川守くん、監督が話通してくれるって……って、なにこれ⁉」


 異変に気付かず吞気にスマホ片手に、しかも鼻歌を歌いながら現れた和美なごみの背中に2階から大ブーイングの嵐。


『あっ、リア充クソ部員発見!』

『もうちょいで先輩が”モップ掛け”で口説けるとこを!』

『空気読めよ~ぶうぶう~』

和美なごみ! 後で千本スパイクな?(マジで!)』


 和美なごみは2階のギャラリーを見て「ケラっ」と笑った。そしてワザとらしく圭の腕に手を回して「ごめんね、セッターやってると(ウソ)」たはっ! みたいな顔して頭を掻いた。ギャラリーは一瞬水を打ったように静まり返ったが「これマジなリア充だ」と殺意の炎がメラメラと燃え上がった。


『1年! な、なんか投げるもんない! ペットボトル! 中身入ってるヤツでいい!』

『先輩、和美なごみの3リットルの水筒あります!』

『それでいい! 和美なごみ! セッターの替えなんかいくらでもいるんだからね! 部活を取るの? それともカレシ⁉』


卯ノ花うのはな、なんかみんなエライ乗りだけど……)

(ははっ、みんな刺激ないからね。そうそう、説明めんどくさいから吉沢と川守くんいとこって事にしてるから)

(ありがと、助かる)

(もう少しからかいたいんだけど、いい?)

(いいのか、水筒投げてこないか?)

(それ冗談だって、見てて)


「ごめん。今までお世話になりました卯ノ花うのはな和美なごみ、16歳。引退して恋に生きます‼ !」


『うわっ、センパイが血を吐いた‼ 大丈夫です、センパイのカレシはコートですから! 白目むかないで‼』

『うぅ……名前呼び……実在したんだ……ガクッ』

『センパイ‼ 大丈夫ですか⁉ バイタル安定してます‼』

『ふふ、私の心のバイタルは振り切ったけどね(ガクッ……)』

『センパイ~‼(絶叫)』


 ***

「ごめんね、なんか女子部のノリで」


 吐血した(?)先輩は両脇を抱えられながらコートに消えた。そう言えば「後でお願いあるの」と和美なごみが言っていたのを思い出す。


「あぁ、アレか。ちょい恥ずかしいんだけど、

「えっ、⁉」

「あっ、ごめん。。圭クンは『なごみん』でお願いします(ぺこり)」

「な、なごみん……⁇ あの……話見えないんだけど?」


「実はさ、恥ずかしいんだけど『早乙女女学院うち』の練習きつくてさぁ、地元離れて寂しいし。みんなもだけど心の支えってのかな、そういうのないと頑張れなくて、アイドルとか俳優さんを『脳内カレシ』にして……他から聞いたら痛いよね」


 和美なごみは自虐的に笑う。そんなに詳しく知ってるわけじゃないけど、圭はそんな作り笑顔を見たことがなくて、心のどこかがチクリと痛んだ。


「特典は?」

「え?」

「だから『脳内カレシ』? オレ的には『エア・カレシ』の方がいいんだけど?」

「え⁉ いいの、川守くん、じゃないや⁉ 特典はあるよ! そうね、特製わたしの変顔とかラインで送るよ?」

「変顔⁉ そこはエッチな写真だろ?(笑)」

「えっ⁉ 顔出しNGな感じのやつならギリいいけど……」

卯ノ花うのはな、そこ断ろうな!(笑) じゃあ、間を取ってスク水で手を打とう」

「スク水⁉ スク水なら顔出しNGの方がまだいい!」

「いや、なんで脱いでる方がいいんだ! なに『私脱ぐとすごいの』みたいなやつ?」

「いや、ごめん。普通? ってか普通の裸ってなに⁉ なにこれ楽しい!」


 そう言って「どうせみんな根掘り葉掘りだろうから」とふたりで、付き合ってる証拠写真ツーショットを何枚も撮った。和美なごみは後でセンパイに見せつけて、面白がってまた吐血(?)させる気だ。この頃にはさっき少し見せた自虐的な作り笑顔はなくなっていた。


「コホン。えーと。わたくしこの度、川守くんこと圭クンの『エア・カノジョ』に就任しました、卯ノ花うのはな和美なごみこと『なごみん』です! あくまでもエアな関係ですので、リアルには干渉しません! 束縛しません! 彼女づらしません! 何も聞き出したりしません!」


 和美なごみはそう基本方針を高らかに宣言した。圭は一瞬麻莉亜まりあの事が頭をよぎったが「励まし合う」関係だからいいかと思った。麻莉亜まりあがそんなに心が狭いとも思わなかったし。


 圭は無事校内に入る許可を得た。和美なごみに礼を言って「お互いさまでしょ」と返って来た。そう、お互いさまでしょと背中を向ける関係だったはずだが、和美なごみが一歩踏み出した。


「ごめん、もし嫌だったら答えなくていい」

「えっと……」

「圭クン、そのみんなね、中学の。聞けなかったんだ。私もだけど。さっき言ったよね『彼女づらしません!』って。ごめん、早速守れない。その……どうなの『肺』は? 詳しく知らないんだけど……穴が開いてるって。ごめん」


 圭は立ち止まった。呼び止められたから、声を掛けられたから、それとも夢に向けて歩む足を止めていたから。止まっている時間にそっと体を合わせたかったからか。圭自身もわからない。


「私もその……膝なんだけどね、やっちゃって。前みたいに飛べないんだ、思うように行かなくて……ごめん、肺と膝じゃ全然だよね、ごめん。立ち入って」


「――普通には生活出来てる。体育の授業も流す程度にはね」


 圭は振り向いて口角を上げた。そんな圭に「無理しなくていいよ」と和美なごみが奥歯を噛む。


「ホント余計なことだけど……」

「ん?」

「誰かに言えてる? 吉沢とか、中学のサッカー部の子たちに。無理よね、近すぎるもんね。私はほら、離れてるし無神経っていうのかな? 自分で言うのもなんだけど。聞くよ、いくらでもあるでしょ、愚痴とか悔しさとか。わかんないけど吐き出さないと、苦しいよ」


「まぁ、アレだ。卯ノ花うのはな……じゃなくて『なごみん』か。オレ的には和美なごみの方が恥ずかしくないんだけど」

「そ、そう⁉ マジか……いやあだ名的にした方がハードル下がると思ってんだけど、じゃあ和美なごみでヨロです!」


「そうだな、卯ノ花うのはなが言うみたいに……卯ノ花うのはなだって(笑)和美なごみが言うみたいに言えないかな、家族に。痛い物に触れるみたいで。それでだと思う」

「なにが?」

「この冬休みに入る前に許嫁が出来た。吉沢沙世さよの妹。いい娘だ。だから、心配掛けたくない」


「ごめん、圭クン。生意気言うよ?」

「あぁ」

「それ、⁉ ⁉ そんなの間違ってるよ! ! 誰がそんなことするの? 親⁉ そんなの……今そういう時期じゃないよ! もがき苦しんでる子供を見守る時期だよ! それで一緒にもがくの! だってさ、年代別代表に呼ばれて頑張ってたじゃない、体の事で、病気で夢諦めないとなのに、許嫁ってなに⁉ 方向性‼ 私、今夜抜け出す! 寮から。暑苦しいって嫌われてもいい、話ししよ? だから、吉沢の試合終わっても帰んないで、いい?」


「それは……まぁ、冬休みだしいいけど。大丈夫なのか?」

「言うじゃない? 便(ドンとこいよ!)」

「あっと……悪い。和美なごみ……さん?」

「ん? 和美なごみ?」

「いや、オレ帰りの電車賃なくてさ、貸してくんない?」

「あれ? なんだろ……急にダメの匂いがする。気のせい? お母さんが『優しいだけのダメな男だけはやめなさい』って……なんかお父さんと同じ匂いがする……」

 圭は半笑いで頭を掻いた。






   






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