第59話 闘志に気付く。

 ざわり。

 胸を搔きむしられるそんな感覚と共に圭は走り出していた。おかしい、普通じゃない、こんなの、普通じゃない! そんな焦りに突き動かされるように圭は走り出していた。


麦倉むぎくらさん!」

 急に声を掛けられた背中は肩で荒い息をしていた。ゆっくりと振り向いて圭の顔を見ると、少し目元をしかめながらも笑顔を見せた。


「なに、川守くん。時の人が私に何か用?」

「膝。痛めてるの?」

「あっ……わかる? 私さ、中学の時十字靭帯やっちゃってて。術後1年てとこ。大丈夫よ、なに? そんな顔しないで、ちょ、ちょっと⁉」

 圭は無理やり麦倉に自分の肩を貸し、支えながら近くのベンチに座らせた。

「ジャージの下、穿いてるよね。脱がしていい?」

「安心してください! 穿いてます!(笑)なんって。いや~ついに私も男子に脱がされる時が来たか(笑) ってスパイクかよ!(笑)」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあとはクラスも違い、話したことはないが廊下で数人の女子といつも笑っている姿を目にする。今だって初めて話す圭にもフレンドリーだ。


「あの、麦倉むぎくらさん。なんでランニングするのにスパイクなの? 絶対だめなヤツだろ。ランニングは基本トレシュー(トレーニング用のシューズ:足の負担が少ない)でしょ? 靭帯痛めてるなら、なおさらそうしないと。ごめん、なんか説教臭いよな」

「いやいや、とんでもない! むしろ乾いた心に沁みるぜ(笑) ちょっちさ、ムキになってんの」

「立花?」

「イッツオールライト! よくわかったね。あっ、川守くんの担任か。そりゃそりゃ。あのバカ、小林総監督がね、休みだってのに聞かないの。昨日試合出たちゅーの! 練習ならまだいいよ? 立花アイツの練習は単に走る。見てよちゃんと背中に『蒼砂そうさ学園女子蹴球部』って書いてるでしょ? なんで陸上部バリに走り込んでるんだ? 訳わからん~(泣く)」

「そんなの無視したら?」

「そうしたいけど桜庭おうば監督、中等部の監督なんだけど、なんか悪いじゃない? 顔に泥塗るじゃなくけど。そういう桜庭おうば監督への義理立てっていうか、そういうのに付き合わせてるワケじゃない『Bチーム』の子たち。膝がどうとかって抜けられないよ~乙女心ってヤツ? 違うか⁉(笑)」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあはとにかく全部を笑いにしたい、そんな子だ。膝が痛むので時折顔を歪めるけど「私ドMだから平気!」と平気じゃないカミングアウトまでしてウケを狙う。


「やっぱ腫れてるなぁ……アイシングしとかないと」

「えっ? 川守くん、いまなんとおっしゃいました? この寒空でアイシングと? もうそれ拷問でしょ? いやいや、なんでソックス脱がしてアイシング待ったなしに追い込む⁇」

「でも痛みが出たら病院から何て言われてる?」

「まずは休養。アイシングして、教えてもらった感じに膝を手のひらで圧迫する……あれ? これ語るに落ちるってヤツ?」

「大丈夫です、オレタオル持ってるんで」

「いや、私が冷水に浸される心構えが大丈夫じゃないんだけど……聞かないよね~(泣き)」


 ***

「基本さ、根性論なの。おたくの担任」

 圭は麦倉むぎくら優愛 ゆあが病院で教わった膝に圧を掛けるマッサージをしていた。普段は母親にして貰っているらしい。

「そんな感じだな」

「そもそもサッカー経験なしで蒼砂そうさで指導したいって何様なの? って話よ。もっとサッカーの勉強するとか、引率の先生に徹するとか! なんで桜庭おうば監督の申し出断るかな? しかも『いえ、結構です』みたいな断り方‼ 腹立つわぁ……知ってる? 中高で男子サッカー部のマネージャーしてただけなのよ? 船頭せんどうちゃんみたいなブレーンタイプじゃない! 絶対!『先輩~すごく汗かいてますぅ~ドリンクとタオルどうぞ♡』とかやってるタイプのマネージャーだ、きっと! 早く婚活しろよ、立花!」


『婚活しろよ、立花!』はBチームの合言葉になりつつあった。膝のケアをひと通り終えた圭に麦倉むぎくら優愛 ゆあは「ありがと」とぺこりと頭を下げた。圭は「現役JKの生足が触りたかっただけ」と答えると「けらけら」と笑いながら「冗談言うんだ~堅物かと思った」とべしべし肩を叩かれた。


「なんにしてもオレから立花に言っとく」

「あ~あ。そういうのいいかな。私も川守くんもフットボーラでしょ? 口よりも結果で語ろうぜ?『B1』か『B2』が勝てばいいんでしょ? 簡単じゃん! それにわかりやすい! それと私の愚痴を聞いてくれた川守くんに、スペシャルサンクス。これあずかっといて」

 圭は少し集めの封筒を渡された。


「これは?」

「B、Cチーム全員の退部届。ここで川守圭をコーチに迎え入れるか、問題提起しないと近い将来蒼砂そうさ学園はベスト16止まりのチームになる。『Bチーム』強化は急務なの! でも、もしどっちも無理なら全員でクラブチームに行く。これは脅しじゃなくて覚悟。私らさぁ……蒼砂そうさ生え抜きだから、そりゃ尋常じゃない忠誠心とかあるよ。でもね、今の体制やめささないと、が可哀そう。中等部の子たちの不安は私らが取り除く」

 麦倉むぎくら優愛 ゆあは親指を立てていい顔してグランドを後にした。圭は目を閉じて優愛 ゆあが去った後のグランドに吹く風を感じていた。


「圭。自信ないの?」

 振り向きもしないで圭は沙世さよの心配げな声を聞いた。軽く首をふり「冗談だろ?」と余裕の笑みを浮かべ付け加える。

「オレの『9番』がピッチにいる限り、平気だ」

 その声に、言葉には誇らしさまで感じる。

 FWフォワード吉沢沙世さよ『9番』は圭の言葉に身震いをした。



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