第58話 嫌な予感がすることに気付く。

 沿線沿いのマクドナルド。

 沙世さよと行く場合はいつもヨーカドーのフードコートのマック。この時間はまだ営業外だしヨーカドーのマックは朝マックがない。


「私らってオールシーズン、アイスだよね」

 向かい合うボックス席でセットで注文した同じアイスコーヒーを手にして、沙世さよは笑う。少し目元がいつもより厚い。熟睡した証拠だろう。

「そうだな、さすがにこの時期、家じゃホットだけどな。氷入れるのめんどいし、家だとめちゃ薄くなる」

「うん、私も。でもなんでマックだとアイスコーヒーなんだろ」

「ん……さっさと済ませて練習いかないとのクセじゃないか?」

「あぁ……それだ。朝練あるあるだ。また一緒に朝練いくんだ……夢みたいだ」

 そういって沙世さよは珍しく「すりっ」とテーブルの下で圭の足に触れた。こういう女子的な接触は控えめなはず。圭と朝練に向かうのがうれしいらしい。


沙世さよ、お前も半分食えよ」

 ドレッシングをかけシェイクしたサラダをテーブルの真ん中に置くと沙世さよの口角が下がる。

「わ、私は野菜は大丈夫! ほら、ちゃんとハッシュドポテト食べてるし……」

「うん。心配するな。オレもポテトは食べてる。野菜取らなきゃだろ。オレも我慢するからお前も食え」

「う……お金出してまでの苦行をなぜ…」

 沙世さよは軽く天を仰いだ。目を閉じて。圭も沙世さよも野菜がいまいちだ。可能であれば可能な限り食べたくない。しかしアスリートである以上、指導者を目指す以上好き嫌いは言えない。


 圭は沙世さよが使ったフォークでレタスをひと刺し口に運び、沙世さよに渡し沙世さよも同じようにした。傍目で見たらリア充カップルに見えるだろうが、1ミリも笑ってない。それくらい野菜がダメだ。特にサラダなどの生野菜が苦手。お互い涙目になりながら完食した。


沙世さよさ」

「なに?」

「Bチームとはどうなん?」

「あぁ……あんまし知らない。私入部以来Aチームだし、編入組だから。グランドが別ってのもあるけど。ごめん、情報ないわ」

「いいよ、別にAからの4人のことは何となくわかったし。追々でいいや」

「ふふっ。圭、やる気じゃん。うれし」

 沙世さよはトレーをずらして圭の手の甲に「つん」と触れた。こういう接触も控えめなハズなのだが……しかし、圭はなんとなく理解していた。自分の中の微妙な空気を沙世さよが感じていることを。だから、敢えて主語は使わずに話した。


「間接的に嫌な思いさせるかも」

「うん。仕方ないよ、サッカーに戻った圭が女子になんて目もくれないの、今はじまった事じゃないし。まぁ、は知らないだろうけど。いいと思うよ? 圭、指導者目指すんでしょ? どの道、指導者を目指してサッカーにどっぷりな生活が待ってるなら、慣れるか――」


「慣れるか?」

「辞めるかじゃない? 許嫁を。私はいいと思うよ、別に。そうなっても私は変わらないし、たぶん雨音あまねちゃんも。順応出来ないなら仕方ないんじゃない。人生何事も勉強よ、勉強! それに女子サッカーに関わるんなら」

「関わるんなら?」

「普通に考えてまわり女子だらけでしょ、その辺も慣れないと。圭だってライン来るたびやきもち焼かれたらしんどいでしょ。私は平気よ」

「あぁ……それな。でもオレが麻莉亜まりあちゃん選んだワケだし」


「圭さぁ。そこ気にしなくていいよ『選んだ』んじゃなくて『選ばされた』んだから。普通に考えておかしくない? 世界は半分たぶん女子。それを3人からだけしか選べないなんて理不尽。誰も選ばずにひとりで生きる権利もあるじゃない? まぁ、私を選んでくれたら『しれ~』っ知らん顔としてるけど(笑) いいのよ、大人に責任取らせれば。それとも、なに? 圭。麻莉亜まりあに、もうなんかしたの?(笑)」

 それはないかと沙世さよは伸びをする。


「さぁ、やりますか。新しい門出ってやつを」

 沙世さよは軽く握った拳で圭の胸をぽんぽんと叩いた。


「おかえり、圭。フットボールの神さまがお待ちかねよ」


 ***

「うわっ、なに、あんたらそのペアルックな感じ…見てる私が軽く汗かくじゃない」

 渡辺寧未ねいみ蒼砂そうさ学園最寄り駅でのけ反りながら話しかけて来た。

「いいでしょ? ナベ先輩もどうです? 先輩も寄せてきてユイットでも組みませんか?」

「音楽性の違いですぐ解散しそうだと思うのは私だけだろうか」

 田中アキもしっかり渡辺寧未ねいみといた。荷物を持たされてるワケじゃないが荷物持ちな空気が漂っている。ふたりは蒼砂そうさ学園女子サッカー部の白のジャージを着ていた。背中には『蒼砂そうさ学園女子蹴球部』と刺繍されている。別に駅で待ち合わせをしていた訳じゃない。


 実のところ圭は石林奏絵かなえからは先ほどラインを受け取っていた。早く着いたから軽くランニングしてる、そんなメッセージだった。

 田中アキが軽口を叩き、渡辺寧未ねいみが睨みを利かせる。アキが怯える。みたいな見慣れてきたいつものループを見ながら圭たちは学園に着いた。校舎前の広場では『B2』のメンバーが揃い始めていた。石林奏絵かなえの姿を見かけ圭と沙世さよは手を振る。

 その時。少し離れたグランドで腰に手を当てて、明らかに足を庇うように走っては止まりを繰り返す女子を見つけた。後ろ姿には『蒼砂そうさ学園女子蹴球部』の文字。


「石林先輩。彼女は?」

「あぁ……Bチームのキャプテン麦倉むぎくら優愛 ゆあ

 圭は聞いておきながら返事が出来なかった。足の庇い方が普通じゃない。いや、見たことのある庇い方だ。『ざわり』そんな感じの嫌な予感が胸を掻きむしった。






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