第60話 打ち明けたい悩みに気付く。

 予定の時間を少し過ぎていた。圭が麦倉むぎくら優愛 ゆあの膝のケアをしている間集まって来た『B2』の面々はマネージャー船頭せんどうが押さえておいた体育館に集まっていた。そのコートはいつもはバレー部が使用しているが練習試合で不在のため借りることが出来た。


 部活が盛んな蒼砂そうさ学園には第三体育館まであり、この第一体育館はバレー部とバスケ部が使用している。バスケ部は練習中なのだが体育館では見慣れない顔ぶれに練習の手が止まる。


「あれ…女子サッカー部だろ」

「そうだな、雨でもないのに体育館か。めずらしいな」

「うん、しかもレギュラー組じゃなさそうだな」

「体幹トレーニングでもするのか?」

「かもな…ん? 誰か来たな…ん? あれって……」


『パン、パン、パン!』


 圭は沙世さよ船頭せんどうを引き連れて手を打ちながら現れた。

「はい、集合! ボードの前に集まって座ってくれ」

「「「はい!」」」

『B2』のメンバーは渡辺寧未ねいみがいることもあり、ピリッとした空気を纏っていた。もちろん圭への期待もあるし『A1』と試合をする不安もある。いい感じの緊張感が漂っていた。


 バスケ部男子のうわさ話は続く。

(誰? 新しい外部コーチかなんかか? それにしても若いだろ)

(いや……俺アイツ知ってる。同じクラスだ……)

(えっ⁉ 1年生⁉ いや、でもなんで1年生男子が女子サッカー部のコーチみたいのしてる⁇ 男子サッカー部か?)

(おい、冗談は止せ。ウチの弱小男子サッカー部がの指導なんてありえんだろ、でも川守って帰宅部だったよなぁ……)

 男子バスケ部員のチラ見は続く……


 ***

「知ってると思うがオレが川守圭です『よろしくお願いします』なんて話をするつもりはない。ここに来るまでBチームのキャプテン麦倉むぎくら優愛 ゆあと会話した。全員分の退部届はオレが預かっている」


 圭は一度言葉を切りほんの少し息を吐き出して全員の顔を見た。全員分の退部届と聞いて渡辺寧未ねいみは田中アキの顔を睨んだ。アキはかわいそうにねじ切れそうな勢いで首を振った。もちろん石林奏絵かなえも軽く首を振る。

(B、Cチーム全員ってことか……ちっ、そこまで思い詰めてたのか……)

 渡辺寧未ねいみはそんなことも気付けないことを、気付けない自分を恥じた。



「今回の試合が難しいことはわかっている。全員が勝ちたいという気持ちなのもよくわかる。相手が強いことはわかっている。そして自分たちが弱者だと無意識のうちに認めてることも」

 圭は両手を広げながら全員に語り掛ける。顔を上げ目を逸らさない者、うつむいたままの者、顔は上げているが焦点が定まらない者、色々だ。


「何がその自信の無さに繋がっている? 姫乃ひめののゲーム運びが怖いか?  カルロスの個人技が恐ろしいか? はっきり言おう。このふたりはオレの戦術で無力化できる。それには何が必要かわかるか? 海咲みさき!」


「えっ?」


 直江田海咲みさき『21番』今回の試合は右のインサイドハーフ。初等部からの生え抜き。技術はあるが判断に自信が持てない。器用貧乏タイプだ。

「何が足りない?」

「その……実績…です」

芽依めいはどうだ?」

 CBセンターバック洲崎すざき芽依めい『32番』長身CBセンターバック。空中戦が得意だがフィジカルが見劣りする。


「わ、私ですか……球際の強さだと思います」

「そうか。じゃあ……寧未ねいみはBチームに何が足りないと思う?」

『鬼の守備』と呼ばれる渡辺寧未ねいみ『3番』を下の名前で呼び捨てにしたことで場の空気が田中アキを中心に凍り付く。


「ん……根性と気合」

 圭は渡辺寧未ねいみの不敵な笑顔をひじに手を添えながら聞いた。

「石……奏絵かなえは? 何が足りない? 何が必要だと思う?」


「経験による自信です!」

「そうだ! さすがオレのピボーテ! がAチームに足りてないものは経験による自信。それを勝ち取るために必要なのは根性とか気合いだ」

 得たり。圭がもっともフットボールに重視するひとつが心の持ちようだ。どんな名手でもメンタルが充実してないと十分な結果を引き出せない。すると沙世さよがすっとその細い長い美しい手を伸ばした。


「吉沢沙世さよ

「はい、私は単純に誰より多く点数を決めてやるって気持ち」

「そうだ! FWフォワードに必要なのはゴールに対しての渇望! その貪欲さがお前のゴールを量産させる力だ。オレの中の最高の『9番』だ!」

 沙世さよはわずかに鼻の穴を膨らませた。


 Bチーム心の声。

(今の絶対褒められたいからだよ……)

(石林先輩が「オレのピボーテ」って呼ばれたからだよ!)

(『私もすごいもん!』みたいな? 自己主張半端ない…)


 纏まりかけた意見だったが、一枚岩とまではいかない。いまだに顔を伏せたままの者もいる。圭は腕組みしたまま意見を求める。


萌華もか。納得いかないか?」

 CBセンターバック平群へぐり萌華もか『27番』。洲崎すざき芽依めいと同じく長身で空中戦に強いがコーチング(この場合守備の指示や意思疎通)に不安を抱える。


「それ、根性論ですよね。実際小林キャプテンとか神崎先輩とか止めれる気がしません。私フィジカルもだしアジリティ(敏捷びんしょう性)も自信ないです」

 半ば吐き捨てるような言葉に渡辺寧未ねいみが反応するが、圭が指先で制した。少し間を取って船頭せんどう恵梨香エリカの手に持った膨大な情報が書き込まれたバインダーを受け取りページをめくる。


「――『平群へぐり萌華もかCBセンターバック。身長175センチ。空中戦が得意。フィジカル面に難あり。理由:性格が優しく過度に接触を恐れる。アジリティにやや難あり』これが今年の4月の恵梨香エリカのレポート」

 平群へぐり萌華もかは客観視された情報に暗い顔をする。わかってはいたが、こういう情報はどうしようもなくメンタルをえぐる。


「11月2日『平群へぐり萌華もか』アジリティ面に大幅な改善あり! フィジカル面も改善が見られるが、性格が優しいので遠慮がち……だけど体は確実に出来ている‼ 頑張ってる‼ 感動した‼』恵梨香エリカレポートの最新はこんな感じだ。それでもお前は下を向くのか? ちゃんと見てくれる人がいても?」


 しかし平群へぐり萌華もかは不貞腐れたように膝に顔をうずめて顔を振る。自信の無さが心の奥底にしみ着いてしまっている。あまりの実力差に歩き出すのをやめてしまった者の目をしていた。だけど、救われるのを、手を差し伸べられるのを完全に拒否したワケじゃない。事実自分が、自分たちが抱える問題点、悩みの原因を口にする。


「でも、自分ら……この1年ランニングしかして来てません! ちゃんとした指導なんて受けてません! 元々実力差があるのにどうしろって言うんですか⁉」

 平群へぐり萌華もかの心の叫びは、Bチーム全体の叫び。単なる不満で終わらせていい問題ではなかった。












  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る