第61話 積み重ねた来たものに気付く。【4141解説】

【注意】

 戦術部分が難しいかも知れません。文末に戦術解説を追記しています。出来るだけわかりやすく書いたつもりです。参考にして頂ければ幸いです。


「それは言い訳だろ。方法なんていくらでもないか?」

 渡辺寧未ねいみの発言は強者の意見だ。メンタルが充実しAチームでの実績も申し分ない。これはこれで彼女が血汗を流し勝ち取ったものだ。しかし、どうだろう。渡辺寧未ねいみも同じだけの努力をしても報われてなかったら同じことが言えただろうか。


 圭は少し口調を落とし穏やかで暖かな声で語り掛けた。

「どうなんでしょう。何が正解なんてフットボールにはないかも知れません。自分の持っている能力がチームの望むものなら、早いうちに機会が与えられるかも知れません。そこで結果を出せれば次のステップを踏める。失敗しても、もう一度チャンスが与えられるかも知れない。嗅覚がよくてチームが求めてるような選手になれる人も必ず機会は巡ってくる」


「望まれる能力がなくて、嗅覚がない自分らはどうしようもないってことですよね……」

 平群へぐり萌華もかの言葉ひとつひとつがBチームの思いだ。所詮フットボールなんて一部のフットボールの神々に愛された者だけが栄光を掴めるスポーツとしか思えない。彼女らの心のどこかには「もういいや…」が常にある。導火線に火を付けたくても湿って火がつきそうに思えないのだ。


「何を言ってるかわからない」

 圭の思わぬ突き放す言葉に「やっぱり天才にはつたわらないよなぁ」な空気が漂った。しかし圭はお構いなしに続けた。


「理由はどうあれ、この1年ランニングに明け暮れたんだろ。恵梨香エリカのレポートによるとBチーム全員の持久力、フィジカル、アジリティ全てが上昇している。これが意味するのはBチーム全員がハードワークに耐えうる選手に成長しているってことだ。いきなり現れたオレの言葉が信用できないとしても、この1年流し続けた汗を信用してやってもいいんじゃないのか? オレはそう思う」


「流した汗…?」

「そうだ。ちなみにオレはハードワーク出来る選手は大好物だ。それだけの潜在能力があるのに嘆いてばかりだからオレは言った『何言ってるかわからない』と。心を強く持て、誰よりもハードワークを厭わない心を持て。それがすべてのチャンスの鍵だ。もういいだろ? さぁ、行動する時だ!」


 ***

 男子バスケ部。

「サッカーのロッカールームの風景ってあんな感じなんだ…」

「俺動画で見たことあるけど、実際語るんだ…なんかスゲえなぁ…」

「下手なこと言ったらフルボッコにされそう……女子サッカー部怖えもん…」

 男子バスケ部は体育館の隅で震え上がった。


 その後船頭せんどうが用意したボードに向かい戦術の説明を始めた。Bチームはこの1年マネージャー経験しかない立花に率いられる形だったので、こういう座学に近い勉強会は新鮮だった。


寧未ねいみ。Aチームは343ですよね。可変ですか?」

 最近のサッカーの戦術は相手の攻めに対して試合中もしくはハーフタイムに戦術をイジるのは珍しくないことだ。

 それはプロだけの話ではなく高校サッカーでも行われつつあった。


「ん〜いや、Aチームは戦術固定だ。ウイングバックが下がり気味にとかはあるけど基本変えない。それは中等部も同じ。ついでに言うと蒼砂そうさは343が基本スタイルだ」


 中高一貫校ではある話だ。選手に対しての戦術理解度を上げるためにフォーメーションを固定するということは。そうすることによって高校進級後すぐに適応出来るという狙いもある。


「じゃあオレのやり方は異端ですか?」


「まぁ、そうなのかもだけどいいんじゃないか? 戦術なんて知っといて損することはないだろ? それに固定の戦術だと対策される。そうなった時に勝ちきれない。個の力で打開出来ればいいけど、うちの場合ガッツリ守られたら結構苦しい」

 そこまで言って渡辺は圭に近づき耳元で囁いた。

(つまりは今回そこを狙うんだろ?)

 そう言ってほくそ笑んだ。

(さすが、察しがよくて助かります)

 そんな言葉に寧未ねいみは得意満面で笑った。


 圭はボードで基本戦術を説明した後質問を受付ひと通り答えた後実際に配置に付かせた。今日体育館を押さえたのはこのためだ。


『4141』は数字だけ見ればワントップでフォーバックの様に見えるが、戦術においては決まりなどない。例えばワントップという形を取るものの中盤の4枚の内、両ウイングがそり出しスリートップを形成する。


 そして残った中盤のインサイドハーフ2枚がセンターフォワードの下を形成するのだが、圭の戦術ではこの距離が近く、戦局によればいつでも5トップに出来るフォーメーションだ。 


 まぁ、そうするためには中盤の底を押し上げないと相手に中盤を支配される。攻めに転じる時はCBセンターバック2枚以外はラインを上げる形になる。


 つまりピボーテの奏絵かなえと両サイドバックを含めたライン全体を上げることになる。


 逆に守る時はセンターフォワードの沙世だけ前線に残り中盤の4枚も『だだ引き』し、且つピボーテの位置をフォーバックの中央のCBセンターバックのやや下まで下がりアンカーを務める。


 そうすることにより『4141』が超守備的な『541』に可変することになる。


 そして今システム可変前と可変後の各ポジションの確認と、その場合どこをケアするのかを圭は叩き込んだ。


『4141』の最大の弱点は奏絵かなえの両サイドにできる空間。ここをどうやれば攻められないか、誰がどういう時にカバーリングするのかを共有した。


【圭の4141システム】

     ⑨

 ⑯       ③

   ㉕   ㉑

     ⑲

 ㉝  ㉗ ㉜  ㊲


 だいたいこんな感じです。若干㉝と㊲は図よりも前に位置します。見てもらえばわかると思いますが『4141』はワントップのようで、果てしなく3トップです。


 ㉕と㉑の両インサイドハーフが前線に出れば5トップで、相手ゴール前で簡単に数的優位が築けます。


 そうなるとインサイドハーフ(㉕と㉑)と⑲のピボーテの間にフリーのスペースがうまれ、ここを狙われます。元々『4141』システムの最大の弱点がピボーテ⑲の両サイドです。いかにこのスペースをカバーするかが『4141』システムを成功させるカギです。


 フリーのスペースを突かせないためには、前の4枚が上がる時ピボーテ⑲と両サイドバック㉝と㊲の押上が不可欠です。CBセンターバックの㉗と㉜は自陣に残り、ゴールを死守します。


 ⑨吉沢沙世さよ

 ⑯田中アキ

 ㉕津崎くるみ

 ㉑直江田海咲みさき

 ③渡辺寧未ねいみ

 ⑲石林奏絵かなえ

 ㉜洲崎すざき芽依めい

 ㉗平群へぐり萌華もか

 ㉝知多ちた璃羽音りうん

 ㊲曽根そね愛瑞華まなか















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