第62話 知恵熱が出そうだと気付く。【343フラット・ダイヤモンド】

 圭は軽く汗をかく程度の運動量を使いながらボジションの確認をする。ラインの上げ下げをする際のマークのズレや要点を指摘し意識させた。


 このポジション確認をするためのラインの上げ下げにはボールは使わない。単純に『上がる時』と『守る時』の約束事を植え付ける。


 急造チームだ。あまり難しいことを要求すれば混乱を与える。


 ここでは出来るだけシンプルな約束事、例えばマンマークをするのかゾーンで守備をするのか、マークの受け渡しをするのか、しないのか。はたまたポゼッションを目指すのか、敢えて敵にボールを持たせるのかなど基本を重視した。そうすることにより、迷いが減る。迷いを無くせなくても減らせれば判断が速くなる。


「今日はこんなところです。お疲れ様」


 圭が解散を宣言したが水分を補給する以外はその場から立ち去ろうとする者はいない。疑問に思った圭は沙世さよに助けを求める視線を送るが、こういう人の機微がわかるタイプではない。


 あくまでも本能型だ。圭が次に頼ったのが奏絵かなえだった。奏絵かなえは少し照れ臭そうに眼を逸らす。こういう場で発言するのに慣れてない。


「たぶん…なんだけど。みんな聞きたいんじゃないかな。川守さんに」

「オレに?」

「そう。だってほら…」

 言いにくそうにする奏絵かなえの言葉を渡辺寧未ねいみが引き継ぐ。


「総監督。小林総監督ってさ。質問しても『自分で考えて答えを出せ』タイプなんだよ。批判とかじゃないし、そういうのも大事なのはわかるんだ。だけど壁にぶち当たってる時思わないか?『自分が今やろうとしてる努力って正しいのか? もしかしたら間違ってんじゃねぇか』って。別に楽したいんじゃないんだと思う。でもさ、ココにいる連中って『追う者』だろ? ここにいる連中からしたらAチームのレギュラーってさ、雲の上っていうか……不安ってあるだろ? これ以上離されたら追いつけないんじゃないかって」


 渡辺寧未ねいみは少し語ってしまった自分に照れるが、蒼砂そうさ学園で実績のある彼女の言葉は重いし、自分たちの気持ちを理解してくれているという気付きは大きい。


「ナベ先輩はどうなんです?」

「ってか、おまえさっきまで寧未ねいみ呼びだったろ? 生意気にも!」

「いや、あれは……サッカーする時に遠慮とかいります? 学年とか関係ないんです。オレ的には。だけど、サッカー以外は先輩だし……他のメンバーもちゃんと『さん付け』で呼びますよ。そんなの常識じゃないですか。なに言ってんです?」


 Bチーム心の声。

(いや、明らかに「何言ってんの」はお前な?)

(あぁ……常識あったんだ……よかった勘違い野郎じゃなくて)

(オレ様イケてる系かと……)

(ナカタに憧れてるかと……)

(ホンダ目指してるかと……サングラス掛けて金髪にしたらどうしようかと……)

 そして一同こころの中で「ほっと」胸をなでおろした。


「どうなんです? ナベ先輩は。Aにいた頃どう思いながら練習とかプレーしてました?」

「おまえ『Aにいた頃』ってなに思い出にしてくれてんだ? まぁ、いいけど。そりゃBチームが『追う者』ならAチームは『追われる者』だろ? やっぱそれなりに緊張感はあったし、ポジションは渡さねぇって気持ちはある。だから私の場合は守備での貢献なんだけど、それじゃ足りないんだろ? 川守的には。ここに今残ってるってことは欲しいんだ、そういうヒントが」


「あの……」

「ん? 石林先輩もなんかあります?」

「あぁ……うん」

(戻すんだね、うん。奏絵かなえ呼びでいいんだけど、今はいいか)


「私も、そのピボーテって言ってくれたじゃないですか? その……適正があるって。でも、なんていうか、私この間の早乙女女学院との試合までAで練習試合も出たことなくて……そういうのみんな聞きたいんだと思う、そのどうやったら試合で使ってもらえる選手になれるのか、みたいな。それと……これ私の話なんだけど、いや、なんですけど……どうなれば試合に出続けられるんだろって。こういうの聞くのって甘えてるよね、ごめん」


 圭は少し考えてボードに向き合う。水性ペンのキャップを回しながら目を閉じた。

船頭せんどうさん。Aチームの343っ中盤はどんな感じ? フラット? それともダイヤモンド?(話の終わりに戦術解説あります)」

「えっと……サイドハーフが低めですけど、フラットです」

(あ……苗字呼びに戻ってる……しかも『さん付け』だ)


「Aチームの情報が少ないっていうか持ってないから想像になるんだけど」

 そう圭は前置きをして、ボードに選手に見立てたピンクの磁石を343の配置に並べて「こんな感じかな?」と船頭せんどうに尋ねた。


 船頭せんどうは圭の並べた中盤の4枚の内、両端の磁石を少し下げた。それを見た圭は唸りながら手にした水性ペンでボードをコンコンと叩き、更に考えてそして尋ねる。

船頭せんどうさん。ピボーテ2枚じゃない『343』なの?」

「はい、中盤の中2枚はインサイドハーフです。1人は守備的ですけど…」


 圭は苦い顔して石林奏絵かなえの顔を見て申し訳なさそうな顔で答えた。

「石林先輩。残念ながらこのシステムじゃ先輩の居場所はないです」

 圭の悲しそうな表情を見た奏絵かなえは「やっぱりか…」と体育座りした膝に顔をうずめた。


「でも、悲観しないでください。343でも中盤がフラットじゃなくてダイヤモンドなら先輩のポジションは確実にあります! 保証します!」


【戦術解説343フラット】

 Aチーム布陣

  ⑪ ⑩ ⑨   

 ④ ⑧ ⑦ ③

  ⑥ ⑤ ②


 改行の問題でこんな感じになりますが実際は⑩は、やや下です。よく言う『トップ下』とか『1.5列目』と呼ばれる場所です。


 ⑧⑦はインサイドハーフといいます。

 ④③は図より少し下がり気味です。一般的にはサイドハーフですが蒼砂そうさ学園での役割としてはSBサイドバックに近いです。


 ⑧⑦の中盤がインサイドハーフになりますので、このシステムでは純粋なボランチは存在しません。④③のSBサイドバックが下がり⑤のCBセンターバックが上がりボランチ的な役割を兼任することはあります。


 このシステムは非常に攻撃的な反面、カウンターに弱く、それを補うためにサイドハーフにSBサイドバック的な役割を与えています。


【343ダイヤモンド】

  ⑪ ⑩ ⑨   

 ④  ⑧  ③

    ⑯ 

  ⑥ ⑤ ②

 こちらも改行幅の問題で少し本来の形とは違います。⑩⑧はもう少し下がり気味。⑥②はやや上がり気味な感じです。ダイヤモンドにすれば⑯の位置にボランチ(ピボーテ)が置け、攻撃の起点になります。


 ⑧の役割はより攻撃的です。ダイヤモンドの最大の特徴は攻撃力です。最大の弱点はカウンター攻撃。⑥②がライン際に引き出されペナルティーエリア正面の守備が手薄になります。


 この場合⑯ピボーテがCBセンターバック⑤のサイドをケアする感じですが、それでも少ないです。


 ナンバーは蒼砂そうさ学園の背番号で表記しています。








 


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