第63話 凹んでいることに気付く。

「しかし、おまえも付き合いいいよな~」


 頭の後ろで手を組んで渡辺寧未ねいみは感心する。実はあれから延々と質問を受け、懇切丁寧に圭は答えた。

「私、ま~たく聞きたいことなんてなかったのに、付き合わされたんだからね、ありがたく思いなさいよね」

 田中アキは舌打ちしながら圭を睨む。アキは全く発言してなかった。


「そう言えばちゃんと理解してるか? 田中さんがオレの戦略の秘密兵器なんだからな」

「秘密のままで終わりそう」

 沙世さよが軽口を叩くもののアキはあることに気がつく。


「あの…川守くん。私、呼ばれてない気がする」

「呼ばれてない?」

「名前。下の名前、Bチームの子みんな呼び捨てで呼んでたでしょ」

「田中は田中で十分。圭、忙しいから田中の不必要な情報覚える必要ない」

「黙れ、吉沢。あんたって、私の名前不必要な情報なの⁉」

おおむね」

「出た! 概ね‼ あんたさ、私に対して『概ね』使いすぎ!『概ね注意報』発令よ‼」


「川守サンよ、田中はどうでもいいけど」

「どうでもいいんかい! あっ、単なる『ノリツッコミ』です! いささか調子こいてました!」

 田中アキは渡辺寧未ねいみのガンひとつでチジミあがる。


「おまえさんが自由参加だって言うから来てないだろ『樋上ひのうえふき』Bチームのキーパー様」


 樋上ひのうえふき『23番』GKゴ―ルキーパー。船頭レポートによると超攻撃的なGKゴ―ルキーパー。まさに11人目のフィールドプレーヤーとのこと。しかし、ここに来て疑問が残る。


『B2』はつまりは『B1』の控え的存在だ。Aチームから見たら控えの控えに『超攻撃的なGKゴ―ルキーパー』がいるのが不思議でしょうがない。 

 そのことを渡辺寧未ねいみに尋ねてみる。


「その、樋上ひのうえさんってどんな選手なんですか?」


樋上ひのうえ? まぁ、あんまし見ないタイプのGKゴ―ルキーパーだよ。油断したらセンターサークルくらいまでフラフラ出てくるし、ヘディングめっちゃうまいし、GKゴ―ルキーパーのクセにセットプレーでゴール決めんだぜ。そのせいもあって無人のゴールにシュート決められることもあるけどな(笑)」


 世界的に見たら南米辺りにいそうなタイプのGKゴ―ルキーパーだけど、最近は絶滅危惧種くらいお目にかからない。

 しかし、それくらいプレースタイルが際立ったGKゴ―ルキーパーなら、それなりに活躍の場を与えられてもおかしくないハズ。考え込む圭に渡辺寧未ねいみはいとも簡単に答えを与えた。


「立花の天敵なんだよ、立花はランニングしか指導方法を持たない。樋上ひのうえ樋上ひのうえで何が何でもランニングをしたくない。まぁ、わかんないけど、キーパーにそこまでの持久力いらんちゅーたらいらんけどな」

 ここまで話して渡辺は1段深刻な顔して考え込む。言うべきか言わざるべきか、そんな顔。


「どうしたんですか?」

「いや、言ったろ? 樋上ひのうえのヤツランニング嫌いだからランニングサボれるならありとあらゆる言い訳すんだよ。例えば『走ったら尿もれする』とか『持病の腱鞘炎けんしょうえんが酷くなる』とか。さすがに『尿もれ』はないだろ? いや、仮にそうだとしても女子的には黙ってて! って感じだろ? 腱鞘炎けんしょうえんの方も仮病だろ、知らんけど」


 寧未ねいみが何だか柄にもなく乙女代表みたいな意見を言う。いや、意外に乙女かも。普段から田中アキの控えめな下ネタでも顔を真っ赤にするし。


「おふたり。蒼砂そうさのイギータの話で盛り上がるのはいいんだけど、そろそろ何か言ってあげてください。そもそも、川守くんが悪いんだよ。石林先輩に『今のシステムじゃ居場所ない』なんてマジレスするからガチ凹みしてますが?」


 それに気付いてない圭ではなかった。だけどなんて言っていいかわからなかった。人が見てる前で下手な慰めはかえってよくないと思っていた。


 ふたりになる機会、せめて沙世さよを含めた3人になるのを待っていたのだがアキの言葉に『びくん』と反応して「大丈夫、大丈夫!」と強がる姿はほっとけない。


「石林先輩が有能なことは昨日の早乙女との試合で証明出来ました。攻撃的だし、守備も出来る。前線で溜めも作れる。ただ、今のシステムだと出番がない。だけど、それで終わりなのかと言えばそうじゃない。先輩は先輩で唯一無二を証明し続けてくだ

さい」


「唯一無二?」

「はい。先輩にしか出来ないことだらけです。システムが必要としないなら、システムを変えてでも先輩を起用したくなるようにしましょう。そのための『A1』との試合なんですから」


 奏絵かなえは「ちょんちょん」と圭のジャージの袖を引っ張って道の端に。

「ごめん。なんか凹んじゃったうえに慰めてもらって。うん、頑張るね! 私は川守さんのピボーテなんだから!」


 それを見ていた寧未ねいみは思う。

(石林ってこんなかわいかったか? いや、かわいくないわけじゃないけど、こんなにだったか)


 チラ見しながら、何がこんなにも奏絵かなえに変化をもたらせたか分かるほど、寧未ねいみは恋愛に詳しくなかった。

 でも、ここは多少配慮しとこうと思った。


「これから私と田中……吉沢で樋上ひのうえんちに凸るぞ」

「えっ、嫌です! お腹すきました! おおむねなんにもしてないけど、お腹すきました!」

おおむね使うな、田中アキ」

「『概ね』差し押さえキタ〜! なんで吉沢の許可がいるの? いや、フルネームで呼ぶなよコラ〜!」

 そんなアキを沙世さよはあしらいながら、圭の耳元でささやく。


(先輩さぁ、すぐ立ち直った振りするからちゃんとフォローよろしく。そうだ! 家連れて行ったら?)

 沙世さよはニンマリと意味ありげに笑う。そこはかとなく嫌な予感しかしないが、きのう奏絵かなえの家に行ったのでお返しの意味で誘ってみることにした。












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