第64話 知らない一面に気付く。

(やっぱ、マズくない?)

 圭の家にたどり着いたはいいが、ここまで来て石林奏絵かなえは二の足を踏む。

(正直、許嫁さんってどういう関係なのかよくわからないけど、私がお邪魔なのだけはわかる! ここは一目散に帰るべきでは⁉)

 心はすでに回れ右をしていたが、言い出せない。言い出せないまま背後から声を掛けられた。

「圭ちゃん。お帰り、早かったね。えっと、そちらは……きのうの?」


「あっ、はじめまして! えっと……申し遅れました! 私、石林奏絵かなえです! その…川守さんとは仲良くしてもらってて……」

 咄嗟に頭を下げる奏絵かなえはどうやら声の主が圭の家族と勘違いしたようだが、残念ながら麻莉亜まりあさんだった。


 麻莉亜まりあ麻莉亜まりあで圭の帰宅を察知し、姉雨音あまねより先に接触して昨晩の事を聞きたかったのだが、ところがどっこい圭は女性同伴で帰宅してきたところだった。


 きのう見かけた蒼砂そうさ学園女子サッカーの部員だと気付いたので、表面的には冷静さをギリギリ装えた。

(圭ちゃんと……仲良くしてるんだ…)

『ざわり』どころか『ざわざわざわ』しまくるのだが、圭の前で泣いたりキレたりして良妻賢母の看板を傷つける訳にはいかない。


「こちらこそ。私、吉沢麻莉亜まりあです。姉の沙世さよがいつもお世話になってます。圭ちゃんとは家が隣で幼馴染です。いつも仲良くしてもらってます! よろしくお願いします!」


 何とか麻莉亜まりあは及第点の挨拶が出来た。敢えて、そう敢えて「幼馴染」と名乗った。ここで大人気なく「許嫁ですが?」みたいな対応したら、薄々勘付いている圭との「不穏な」雲行きが一気に嵐になりかねない。

 しかし、ヤラれっぱなしは性に合わない「仲良くしてもらっている」とクギを刺す。笑顔で。


 奏絵かなえはそれどころではない。麻莉亜まりあが許嫁なのは知っていたし、この状況。下手したら修羅場になってもおかしくない。

(わ、私って…浮気相手だと思われてたりして……ど、ど、どうしよ⁉ 違うとか言うほど仲良くなってから時間経ってないし……でもでも、仲良くなりたくないわけじゃないし……でもなぁ)


 そんな迷いを知ってか知らずか、いや知らんだろ。無神経にも無関心にも圭は奏絵かなえを手招きして言った。


「石林先輩。オレの部屋2階上がってすぐだから。なんか、飲み物持って行くんで先に部屋に行ってて」

「あっ⁉ あぁ…わ、わかった。うん……」

 そして事もあろうに圭は麻莉亜まりあに――

麻莉亜まりあちゃん、ごめんね。来客なんでまた後でいい?」


 そんな感じで涼しい顔して言った。こうなると、言い返すことは出来ないし、部屋に入るのも根性がいる。いやいや、家に上がり込むのさえ並の精神力では無理だ。しかし、ここは引けない。ごり押しはダメなのはわかっているが大人しく引き上げるのもダメな気がした。


 考えがまとまらないまま、麻莉亜まりあは圭の後を追い台所に足を踏み入れる。怒られるかも、そんな覚悟を裏切るように圭は呑気な声で麻莉亜まりあに尋ねた。


「どうしたの。なんか忘れ物?」


 その手があったとばかりに、麻莉亜まりあはこの助け舟に乗船を決意した。

「そう! えっと……圭ちゃんのお部屋にもしかしたら参考書忘れたかも…いや、問題集かも! でも、お邪魔ですよね?」

「ん……別に。麻莉亜まりあちゃん、受験生だし参考書か問題集かわかんないけど、急ぐだろ? いいよ、取りに行って。悪いけど先行っててくれる?」

「あっ、うん!」


 麻莉亜まりあはいい返事をしながらも、ほんのちょっとの罪悪感にさいなまれていた。


 ***

「ん? 石林さん。いらっしゃい」


 圭の部屋で当たり前に奏絵かなえを出迎えたのは、吉沢家長女雨音あまねだった。普通に、ごく普通に、まるで部屋の主のように当たり前にそこにいて奏絵かなえを出迎えた。


「吉沢…さん?」


「ごめんね、いま更新中で手が離せないの。どっか空いてるとこ座って待ってて」

 雨音あまねは長い足を組んで、小ぶりな机に置かれたノートパソコンに向き合い、なんだか高速で何かを入力している。


 見た感じゲームとかではなさそうだ。雨音あまね奏絵かなえは同級生で、今はクラスが違うが1年生の時同じクラスだった。雨音あまねの方は何とも思ってないが、奏絵かなえにとって雨音あまねは少し近寄りがたい存在だ。


(相変わらず美人……)

 圭以外雨音あまねの中身がポンコツなのは知らない。見た目通りの評価をすると才色兼備。その言葉に尽きる。事実常に学年首位だ。奏絵かなえは沈黙が怖いのでなにか話しかけないと、だったが運よく雨音あまねが軽口を叩く。


「圭と一緒だったんでしょ? 沙世さよは?」

「あ…っとヨッシーはちょっと別行動です」

「そうなんだ。珍しいね、あの子が圭と他の女子が一緒なのに首突っ込まないの」

「そうなのかな…」

「そうよ、きっとあの子よっぽど、石林さんのこと信用してるか、好きなんだね」

 雨音あまねは、話ながらもノートパソコンに入力する手は止まらない。

(何してんだろ? そう言えば更新とか言ってた)


「吉沢さん、話しかけて気散らない? 大丈夫?」

「ん……大丈夫な範囲でしか話せないけど」

「そうなんだ。更新って言ってたけど…」

「あぁ、そういえば言ったよね、さっき。私ね小説書いてるの。ネットで。それがもうびっくりするくらい誰も読んでくれない! ほんとなんのために書いてんだろね(笑)」


 奏絵かなえは見たことないような顔で笑う雨音あまねの表情にくぎ付けになった。










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