第6話 小さな幸せに気付く。

 ふたりして呑気に公園で青春してたせいで、美容院の時間がわりかしぎりぎりだった。途中軽く小走りをしないと間に合わないくらいに油を売ってた。


 小走りをしてみて圭は気付いた。麻莉亜まりあは意外とスポーツが出来そうだと。走り方がきれいだ。


 見た目というか、性格がおっとりさんなので運動が苦手だと思っていたが、小走りをしても息を切らすことはない。それなりに体力がある。


 圭は分刻みで麻莉亜まりあの新しい発見をする。


 これが異性と付き合うということか。そんな感慨にふけながら雨音あまね御用達の美容院に着いた。


 美容院で待ってる間、圭はあることに気付いた。


(待てよ……これってのとは違うよな……)


 そこに女性の店員さんが飲み物を聞いてくれた。圭は飲み物を提供してくれるような美容院に行ったことがなかったので戸惑う。


 何となくコーヒーを選んだ。別に好きじゃないけど。コーヒーが一番店員さんの手間が掛からないかもと思ったからだ。コーヒーを運んでくれた店員さんに「彼氏さんですか?」と聞かれた。


 ちょうどその事を考えていたところだ。圭の口から「どう見えますか?」なんていう気の利いた会話が引き出せるわけもなく、曖昧にうなずいた。


 女性店員さんは圭の態度が照れてると、いい感じに誤解したが圭の疑問は深まるばかりだ。


(付き合うって概念がいねんはなんだ?)


 男女が惹かれ合って交際を始めるのが『付き合う』というなら、親同士が悪ノリで決めたような許嫁は『付き合う』のとは少し違うように圭には思えた。


(仮に許嫁のゴールが結婚だとして『付き合う』っていう行為のゴールはなんなんだ? 付き合うこと自体がゴールなのでは?)


 圭はどうも理屈臭く考えるところがある。この年頃に共通する事かもしれないが、もう少しあっさりでもいいと思う。


 例えば今だって鏡越しに映る麻莉亜まりあと目が合う。麻莉亜まりあは無邪気に『にこり』と笑う。圭も照れ臭そうに小さく手を振る。


 この行為こそが『付き合っている』でも別に構わないはずだ。


 そんなこんなと、はっきり言ってを「あーでもない」「こーでもない」と考えている内に先ほどコーヒーを運んでくれた女性店員さんが再び現れた。


「彼女さん、と~~ても素敵になりましたよ! 彼氏さん、ちゃんと褒めてあげないとですね!」


 小さくガッツポーズ付きでエールを送られた圭はカットを終えた麻莉亜まりあを迎えた。


(なにそれ、ハードル上げてない? 店員さん)



「圭ちゃん、その……どうかな? 変じゃないかな?(ドキドキ)」


(うぅ……前髪で顔隠せない~~ちょ、直視! 圭ちゃんを直視してる、私! しかもコンタクトめっちゃ見えるんですけど‼)


 麻莉亜まりあは気の向くままに取り乱した。まぁ、心の中だけだからバレてないけど。


 麻莉亜まりあの髪型を解説するとこんな感じ――


 ふたつに束ねられおさげにしていた長い髪。恥ずかしいから顔を隠すくらい長かった前髪がすっきりとした長さにカットされていた。上品なお嬢さま風だ。


 全体的に長かった髪は肩に掛かるかどうかの長さになり、形のいい耳が「ぴょこん」と覗いていた。その「ぴょこん」と出た耳は当たり前のように真っ赤に染まっている。


「ほら、! が不安がってますよ? ガンバ‼」


(ガンバって、店員さん微妙に年齢筒抜けですが⁉ 平成生まれじゃないですよね⁉)


 そんな女性店員さんに肩をポンと押され、そのはずみでよろけながら麻莉亜まりあの前に出た。


 麻莉亜まりあは「」あわわわわっとなっていた。


 さすがにここまでお膳立てをされて何も言わない選択肢はない。圭は心の中で自分の頬を叩いて気合いを入れてみた。


「ま、麻莉亜まりあちゃん。その……けど……なんか、めっちゃかわいい……と思った。いやむしろかわいさマックスな感じです、はい」


(あぁ……オレはよそ様の前で何を口走ってんだ……頼む! 15分ほど死なせて……)


 女性店員さんは両手で『グー!』と昭和ばりのサインをして、あとは若い二人に任せてとばかりにそそくさと退散した。店員さんの背中が「君に幸あれ」と言っているようだ、知らんけど。


「か、かわいいだなんて……恥ずかしい……もう、圭ちゃんの……ばか……噓じゃ……ないよねぇ……(テレテレ)」


 現時点の圭では及第点だ。いや、よくやった方だろう。美容院を出た麻莉亜まりあは珍しく人前で鼻唄が出るくらい上機嫌になった。


 きっとこういうのを『付き合う』というのだと思う。


 ***


 眼鏡をコンタクトに変え、束ねていたおさげをおろしただけで圭に対して十分な攻撃力を持っていた。


 麻莉亜まりあは更に美容院で『お嬢さまっぽさ』という武器をに手にし、圭のハートに対し『殺傷能力』まで身につけた。


 このかわいさは武器だ。いて言えば鈍器的な。それにしても最近の美容院は女子に『かわいさ』という「恋の武装蜂起」させる場所らしい。


 冬の日暮れは早い。圭は早々に麻莉亜まりあを家に送り届けようとするが、駅前通りで麻莉亜まりあは圭の上着のすそを引っ張る。


 引っぱりながら上目使いで、ほんのちょっと唇を尖らす仕草が甘えん坊な空気を出す。これをやられたら、大概の男は骨抜きになる。実際駅前で足を止める男性が続出した。


 テンプレ通り街はクリスマス一色。行き交う人々の多くはカップルで後は雪さえ降れば、そんな感じの時間が流れていた。


「えっと……どうしたの?」


「圭ちゃん。どうしたじゃないです。街はクリスマスイブで、恋人たちの時間です」


 そんなこと言われなくても重々承知だ。だから一刻も早くこの場を去りたい。


 ボッチにはあまりにこのイベントは重い。


「えっと……」


「圭ちゃん。と? 親に決められたとはいっても三姉妹から選んだわけですから、選択の余地はありましたよね? 違いますか?」


「つまり?」


「クリスマスデートをしましょうと、お誘いしてるのです。イブですけど。嫌……ですか? 女子にこれ以上言わせるのですか? ねちゃいますからね?(ぷ~~うぅ)」


 適度に甘えるのも『良妻』のたしなみだ。麻莉亜まりあは自然にそれが出来た。


 圭はといえば、すっかり忘れていた。今は去年までのボッチ生活ではない。


 しかも美容院で「あーでもない」「こーでもない」と考えていた麻莉亜まりあとの関係を麻莉亜まりあはいとも簡単に打ち壊した。


 かなりの破壊力だ。この分ならベルリンの壁でも万里の長城でも破壊できるだろう。怒られるからしないけど。


 親が決めようが、告白して付き合おうが自分たち次第。要は自分たちが幸せで楽しければオールオッケーなのだ。


「全然いいよ……いや、違うか。やろう! クリスマスデート‼」


「そうですか! うれしいです! でも、予約も取ってませんしイブなんでお店も混雑してますよね~~圭ちゃんがよければケーキを買ってお部屋でクリスマスパーティーでも、どうですか? 電気を消してろうそくを灯して!」


 無理難題を言わないで、今ある幸せに喜びを感じるのが麻莉亜まりあ流の『良妻賢母』術だ。


 もちろん、ケーキを買ったあと心臓をバクバクさせながら圭の腕に手を回す自分へのご褒美は忘れなかった。


(だって今日は頑張りましたから!)


 麻莉亜まりあは心の中でガッツポーズをした。
























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