第5話 目標達成したことに気付く。

「ごめん、ごめん。それで?」



「うぅ……もう、圭ちゃんのばかぁ……あのね、聞いてほしいんだぁ……私、立ち聞きしながらね、許嫁は『あっ、やっぱり雨音あまねちゃんだよね、美人だし。それとも、沙世さよちゃんかな、いつも一緒に学校行ってるし。気が合うみたいだしなぁ』って。なんて言うか――傍観者? 関係ない人になってた。無意識で」



 麻莉亜まりあは胸に手を当てて呼吸を整える。ドキドキが止まらない。我慢していた感情が溢れだしそう。気持ちはもう告白と変わらない。胸の思いは届くとは限らない。いや、そんな保証なんて欲しくない。


 ただ、いまこの時何を感じて何に戸惑い何に手を伸ばしたいか、圭にだけは知って欲しかった。だから思いが届く保証なんて麻莉亜まりあにはいらない。


 その時その瞬間の胸の高鳴りを知って欲しかった。そしてその原因が圭だということを――


 知って欲しかった。


「でもね、圭ちゃん私の名前――呼んでくれたでしょ? 私……はじめはね、立ち聞きがバレたって思ったんだ。あっ、これ怒られちゃうやつだって……」


「違っただろ」


「うん、違った……うんうん、違うの。私、選ばれたんだって。圭ちゃんに選ばれたんだって……控え選手にもなれないような地味な私を選んでくれたんですよ、あなたは」


 麻莉亜まりあは「! タイムです‼」と両手を前に突き出して、顔を伏せた「大丈夫?」と掛けられた言葉にしゃくりあげながら何度も頷いた。


 我慢していた感情が溢れた。限界を越えてしまった。


 そして麻莉亜まりあは泣いた。ぽろぽろと。取り繕うように笑顔を作れば作るほど、涙が溢れた。


 それは悲しい涙じゃないことくらいは、圭でもわかる。圭は考えた挙げ句麻莉亜まりあの頭をポンポンとした。


「圭ちゃん、それズルいヤツです! ‼ なんか遊び慣れた感じが嫌です~~‼ 圭ちゃんがサーファーさんみたいです!」


 丸めた手でこぼれ落ちる涙を拭いながら、圭を睨んだ。圭はなんで睨まれたのか、何がズルいかも分からないまま、この日突然目の前に現れた『おさな女神』の泣き顔にくぎ付けになった。


 ***

「もう、圭ちゃん。話の腰を折らないでください。本題に戻します(ぷんぷん!)」


 話の腰を折ったつもりは圭にはない。もちろん、彼は折ってない。ただ、これが許嫁になった幼馴染の照れ隠しだとわかるには、圭にはもっと経験値が必要だ。


 彼は年下の許嫁に「ちゃんと聞いてくれないと怒りますから(ここ大事!)」と注文を付けられ、軽くしょげた。


(えっ⁉ なに、圭ちゃんイジけたの? ウソ、……手……つなぎたい‼ ぎゅうしたい!)


 麻莉亜まりあはしょげた圭がお気に召したようだ。しばらく「しょげ顔」を見ていたいから、頑張って怒った顔をした。


「ところで、麻莉亜まりあちゃん本題は?」


「あっ……(忘れてた‼)」


 しょげた顔を見るのに必死で本題を忘れていた。この頃にはこぼれた涙も乾いていた。


(よし、言おう!)


 麻莉亜まりあは心のなかで「えいえいおー」をやった。地味な激の飛ばし方だ。小学校の運動会でも最近言わんだろう、この掛け声。


「私、地味なのは自覚あるし、わかってる。みんなそう思ってることも知ってる。どっかで、別にいいかって。どうやってもふたりには敵わないよ、憧れちゃう……」


 姉ふたりの姿を思い描いて、本心からそう思った。麻莉亜まりあにとっては身内版高嶺の花なのだ。


「あの、はじめてなんだ。その……誰かに選ばれるの。その……許嫁のことね(ボソッ)そういうの縁がないっていうか、逃げてたっていうか……不戦敗? うん、だからびっくり仰天! だってさ、だよ?」


 はっきり言って「どの?」って圭は思った。


 自慢じゃないが、麻莉亜まりあと負けず劣らず地味な自信は圭にはあった。その辺りを聞きたかったが、せきを切った麻莉亜まりあの言葉は止まらない。


「あの、圭ちゃん! 質問です! その……許嫁って……そにょ……あにょ……お、お、みたいなもんだよね、違うかなぁ」


 違うけど、違わない。圭は完全にこのシドロモドロで思っていることを伝えようとする『おさな女神』にヤラれていた。


「そ、そうだなぁ……もしかして、嫌だったり?」


 圭の思ってもない質問に、とち狂った麻莉亜まりあ渾身こんしんの「そ、そんなことは!」とオヤジギャグを飛ばしたが、圭の生暖かい笑いに撃沈した。


「ごめん、『』はともかく、麻莉亜まりあちゃん。つまり……どっちなの? やっぱり嫌だった?」


 麻莉亜まりあは必死に「オヤジギャグ」の説明をしようとするが、途中で圭が半笑いなのに気付く。


「圭ちゃん……まさか、⁉ もう、もう、もう! 食らえ、渾身の‼」


 よくわからない必殺技をポコポコと繰り出す。ようやく麻莉亜まりあの肩の力が抜けた。深呼吸して麻莉亜まりあは真顔で言う。


「ありがと、圭ちゃん。すごく、す〜〜ごく、うれしかったよ? 人生で一番うれしかった! でね、ここからが本題になるの。手伝ってほしいの、お願い」


 麻莉亜まりあは圭に『思春期リベンジからのV字逆転計画』を持ち出した。


 ***


「つまり、麻莉亜まりあちゃんはイメチェンして?」


 圭の思考回路ではそんな感じの理解にとどまった。普通に考えて大好きな許嫁を前にしてイメチェンしてまでモテたいと告白しない。


? 圭ちゃん、ごめんね。ちゃんと聞いてた?」


 圭はちゃんと聞いてた。ちゃんと聞いてたが、ちゃんと理解できないだけ。麻莉亜まりあは危うく『バカなの?』と口を滑らすとこだった。


「でも、言ってたよね。いままで地味扱いしてきた人たちを見返したいって。違う?」


「ち、違わないけど! いや、違います! その、今まで地味で目立たなかった私が圭ちゃんに選ばれた! 選ばれるくらいなんだ『私スゲー』アピールを……いや、圭ちゃんと釣り合いが取れてる感じになりたい! どうしたら出来るでしょうか?(あとちょっとだけ……)」


 麻莉亜まりあは結論がまとまらないまま話を圭に丸投げした。


「地味を脱出したいと?」


「なんかちょっと‼ そんな感じなんだけど! 引っかかります‼ 訂正を要求します!」


 はじめは地味だと認めさせたかったはずだが、いざ地味公認候補となるとざわざわする麻莉亜まりあだった。


「それでね、アンケートなんだけど、私のどこが地味ですか? 忌憚きたんない意見をお聞きしたいです!」


「えっと……髪型かな。あとメガネ。それからそうだなぁ……前髪で顔を隠しすぎかなぁ……それとなんか自信なさげな――」


「待って! ちょ〜〜と待って! タイム‼ 圭ちゃん。親しき仲にも礼儀ありです! おわかりですか? 自分で言っときながらなんだけど、ディスられてる気が鼻につきます‼ わかってる! わかってますって! これ以上は泣くかもです‼ なので雨音あまねちゃんの雑誌持って来ました‼」


 麻莉亜まりあは持ってきていたトートバッグから何冊か雑誌を出した。ヘアスタイルが載っているよく美容院にある本だ。


 公園のベンチに座り、ふたりはヘアスタイルの雑誌を覗き込む。最新の髪型から、顔の形で似合うタイプ別のオススメ髪型なんかが載っていた。


 最初はペラペラとふたりでめくっていたものの段々ふたりは無口になってゆく。


 圭が無口になった理由はコンタクトになって、髪をおろした麻莉亜まりあは地味なんかじゃないと思ったから。それと――


(雑誌のモデルさんより麻莉亜まりあちゃんの方がかわいい……むしろ許嫁版『読モ』じゃないか、読者はオレ)


 麻莉亜まりあが無口になったのは「これ無理かも」とヘアカタログを見てさじを投げたから。


 同じ無口でも、理由は全然違っていた。そして圭は思った。麻莉亜まりあの『思春期リベンジからのV字逆転計画』はほぼ完成されているのではと。



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