第52話 ブスケツになれると気付く。【4141戦術説明】あり。

(ちっ『B2』か……こりゃ、当分Bチーム確定だなぁ)


 後ろに束ねたやや茶色かかったロン毛をほどきながら軽くため息をつく。本人は軽い溜息のつもりだが、鋭い眼光、きつく組んだ腕から深淵の底からの蠢きのような不気味な溜息に感じた。それだけで田中アキは震え上がる


 渡辺寧未ねいみ『3番』言わずと知れた降格組である。いや、石林と田中アキ、沙世さよは自発的に圭の元に行ったことを考えると唯一の降格者と言うべきか。


(待てよ。私と田中でサイドバック、石林がボランチ、吉沢をワントップ……以外に戦力揃ってないか? つまり勝てばいいんだろ? 勝てば!)

 渡辺の萎んでいたやる気にわずかだが空気が入った。

(何にしてもお手並拝見だなぁ)

 渡辺は鋭い眼光を圭に向ける。圭は知恵袋とも呼べる船頭に割り振られたメンバーの特徴を聞いて少し考えて口を開いた。


「えっと…『A1』との試合ですが『4141』で挑みます。相手は今日の試合から『343』で来るでしょう。ポジションですが、沙世さよ。吉沢沙世さよ。フォワード。田中アキ。左ウイング。渡辺さん…右ウイング……」


 圭は淀みなく次々とポジションを割り振っていった。守備がザルだと自他ともに認める田中アキは、いつものサイドバックより1段上のウイングに起用した。

 同じく前線からの守備を考え渡辺も高い位置に入ることになる。


(おい、こいつ本気で勝ちに行く気か? 相手はほぼAチームレギュラーだぞ……)


 渡辺は腕を組みながら聞いていたが、口元に少しだけ笑いが浮かんだ。そして、渡辺のやる気に火を付けたのが石林の名前が出たところだ。

「石林さんはピボーテをお願いします」

「えっと……川守さん。その…私ボランチなんだけど、そのピボーテって」

「役割の違いです。ボランチはまぁ、オレのイメージですけど、守備重視じゃないですか。ピボーテは攻撃の起点です。ボールをキープして前線にロングフィード。石林さんのキープ力とキックの精度、視野の広さ。そんなことを考えると守備に徹するのはもったいないです」


「川守。そうなると守備はどうする? 石林の守備削ったらそこそこヤバいだろ」

 珍しく。本当に珍しく渡辺が発言した。こういう場で発言することは滅多にない。その彼女が発言をした。しかし、指摘してる、揚げ足を取っている感じではない。少し楽しそうだ。

CBセンターバックの二人に頑張ってもらいます。それと渡辺さんにも下がってもらう事が増えると思います」

「それじゃいつも通りSBサイドバックでよくないか?」

「いえ、そうなるとダダ下がりになります。渡辺さんの前線でのハイプレスが鍵です」


「私の? ハイプレスなんてしたことない」

「してください。何事も経験です(笑)」

「ん…わかった。で、どうするんだ?『B1』は休日返上して練習するみたいだぞ。うちらもしなくていいのか、いやするだろ? しようぜ!」

「ん…どうかなぁ。今日の練習試合で疲れてるし、休養も大切だと思います。乳酸が溜まると本来のキレが失われます」


「それはわかるが、ヌルくないか。勝つつもりあるのか?」

「そうッスね。あります。じゃあ、こうしましょう。明日は戦術説明というか、オレが何をしたいか、どう動いて欲しいかの説明をします。自由参加です。参加する方はスパイクとかいらないです。動きやすい格好で10時に集合ということで。詳しい説明は明日。あと『4141』で行くことはナイショで。もし余裕があるならユーチューブとかで『4141』の予習してください」


 圭はそれだけ伝えて解散した。明日はあくまでも自由参加と釘を刺した。その後マネージャーの船頭せんどうに使える体育館と視聴覚室の利用許可を取って欲しいと頼んだ。


 船頭せんどうが戻って来たのを確認し、三姉妹と家に帰ろうと振り向いた所に石林の姿があった。いや、石林だけでなく渡辺そして田中アキの姿もある。


 正確には石林奏絵かなえと渡辺は圭を待っていて田中アキは先に帰ると渡辺が怖いので帰れなかったと言うべきか。


「どうしました。石林さん」

 何か言い出しにくそうにしている奏絵かなえに声をかける。モジモジして言い出せない奏絵かなえに代わり渡辺が口を挟む。


「そりゃ、感謝してるんだろ。こんな一瞬で自分を見出して貰ってさ。まぁ、石林がめちゃくちゃ練習熱心なのは誰だって知ってる。ただ、チャンスに恵まれなかった。ボランチに空きがなかっただけ。自分の特徴を活かして貰えるとなると選手はうれしいだろ、普通に」


 こういう時なんて話せばいいんだろうか。圭にはそういう経験が不足している。


 高1だから、まぁ、普通なんだが、気の利いた言葉が見つからない。だから思っていること、感じてること、こうなれるんじゃないかってことを言葉にした。


「オレが思うに石林さんは従来の守備的ミッドフィルダーの枠には収まらないと思います。きっと後方からゲームメイクが出来る選手です。ピボーテっていうのはそういう役割です。そうですね、オレは石林さんが蒼砂そうさ学園のブスケツになれる人だと思ってます。いや、なってください!」


「な、なに泣いてんの! 石林、お前めっちゃ期待されてるな! いいな、その半分でも私も期待されたいな! でも、アレだな。川守をBチームのコーチにするにはうちらが勝たないとだな! 泣いてる場合か、なあ、田中?」


「はひっ⁉」

 急に振られた田中アキは軽く飛び跳ねた。田中アキは別の意味で泣きたくなった。



【簡単戦術説明】

【4141システム】

 攻守のバランスがもっともすぐれたシステムのひとつです。

 まぁ、4ブロックが2列並ぶ感じです(実際はこんなフラットではない)

 ⑥の位置に本来アンカーと呼ばれる守備に特化した選手が入りますが、

 圭のシステムではここはピボーテ(攻撃の起点)として石林が起用されます。

 弱点は⑥の両サイドのスペースと④⑤のライン際。

 ちなみに⑪の位置に沙世さよ。⑩に田中アキ。⑨の場所が渡辺です。


    ⑪

 ⑩ ⑦ ⑧ ⑨

    ⑥

 ④ ② ③ ⑤


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